レストランで恋のシーソーゲーム(MAN) Vol.5

レストランで恋のシーソーゲーム
第5話:『レストランオカダ』で緻密な計算の上に出したジョーカー

二回目のデートで二軒目の『Bar Rage』に誘えたかと思いきや、その場に親しげな他の男が出てきた。しかも自分より明らかにハイスペック。デューデリジェンスが厳しい結衣のことだ、おそらくあの男の方が自分より好みだろう。

深追いするのは、止めにしよう。

そう浩平はあの晩に結論を下した。すると数日後、結衣からのLINEが鳴った。

—浩平くん。来週の金曜日空いてる?広尾に美味しいビストロ見つけたんだけど 一緒にどうかな?—

このままフェードアウトするつもりが、不意に結衣からの誘い。二軒目の帰り道ではもう会うこともないかもしれないと思い、強引に手を繋いでみたりもした。気が付けば結衣から連絡が来て誘ってきたことははじめてだ。一度結論は下したはずだが、指が勝手に動いた。

—結衣ちゃんからの誘いなら、空いてないわけがない。OK!—



重い体を奮い立たせて臨んだ金曜日。あろうことか提携先との打ち合わせが長引き、約束した20時に間に合わなかった。浩平が約束に遅刻することはほとんどない。結衣はいつも遅刻するけれど。とりあえず、精一杯急いだ。

20時を15分回ったところで、広尾のこじんまりとしていながらも洒落た雰囲気の『レストランオカダ』に入る。

「お連れのお客様がお待ちですよ」

意外だった。時間通りに着いている。

結衣は春らしいピンクのシャツに紺のスカートを合わせていた。相変わらずの清楚なルックスで屈託のない笑顔。遅れたことを詫びようと口を開きかけると、思わぬ言葉で出迎えられた。

「スーツ、かっこいいね。」

「そうかな?久々に着たから自分ではすごい違和感。」

スーツ姿を褒められた。提携先との打ち合わせがあり、1ヶ月に1度着るか着ないかというスーツを着ていた。女性はスーツが好きとはよく聞いたものだが、結衣もそうなのだろうか。

今日は結衣が店を選んでくれていた。『レストランオカダ』はテーブル席を主としたビストロだった。奥の半個室に通されたが、カウンターほどの密着感はない。二人の関係性を暗示しているようだったが、結衣がそこまで計算したとは考えすぎだろうか。

アラカルトでオーダーし、店のウリだという自家製パンに舌鼓を打ちつつ、魚介の前菜を楽しんだ。メインを楽しみたいので普段はあまりパンを食べないが、ここのブリオッシュは気づけば2つ目を手にしているほどの美味だった。

メインの鴨肉のローストが来て、ナイフを手にした。結衣とのディナーももう3度目だ。そろそろ何かしらの動きが欲しい。ここで正直に話そう。自分の心にナイフをぐさりと切り込むような錯覚を覚えた。


「結衣ちゃん。俺、実は彼女がいるんだ」



一瞬の沈黙の後、結衣がぎこちなく笑った。

「えっ、そうだったの?早くいってよー!」

ファーストデートでは浩平に我関せずな態度を示した結衣だったが、この時表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。何も無策に彼女の存在をカミングアウトしたわけではない。

彼女がいるのは事実だった。付き合って二年になる。決して嫌いなわけではない。だが結衣と出会ってから、かなり心が傾いていたのは事実だった。彼女はいるが、結衣に気はある。だが、『Bar Rage』で見かけたあの投資銀行の男との競争の勝算はないに等しく思えた。

「彼女はいるけど、別れてから結衣ちゃんに付き合ってほしいと言おうかと思ってた。でも、あの男が気になるんでしょ?」

結衣は無言だった。

一度諦めかけた恋だ。ここで結衣から「彼女がいる人は眼中にない」などと言われればそれまでだ。だが、結衣が仮に僕のことを少しでも気にしているのなら。彼女がいるという情報は、喜ばしくはないはずだ。

僕はジョーカーともいえる最後のカードを切った。ここからどう動くか。カードを結衣に委ねた。

『レストランオカダ』は、食後のマドレーヌもやけに美味だった。

■レストランで恋のシーソーゲーム(WOMAN)第5話:3回目で告げられた浩平の真実


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