<< 第3話:『Bar Rage』あまおうのミクソロジーカクテル
端正な顔のその男は身なりも整っており、いかにも稼いでいそうな雰囲気を漂わせていた。年齢は結衣や僕よりも年上。30代半ばといったところ。平静を装っているが、少し苛立ちが募っているのが読み取れる。それはこちらとて同じこと。折角のデートに水を差されて良い気分はしない。
僕は一瞬だけその男と目を合わせ、壁面へと逸らした。そして結衣とその男の会話を聞くまいと、別のことを懸命に考えた。
ー「食事、美味しかったですね?また行きましょう?」 だと?ー
既に何度かデートしている間柄なのだろうか。早く消え去ってくれ。一刻も早く。たった3分の出来事だったが、気が遠くなるほど長い時間だった。梅雨時期以上の不快指数。だが、そんな態度を明らかにしてはならない。ここは我慢だ。僕は身も心も文字通り石となった。
その男が引き下がったあと、作り笑いをしながら僕から辛うじて出たのがこの一言だった。
「世の中って狭いね。こんなところで知り合いに会うなんてね」
「そうだね。偶然。びっくり!」
結衣の屈託のない笑顔。その笑顔の下には何が隠されているのか。それを紐解き、結衣の何もかもを知りたい衝動に駆られたが、まだ二回目のデート。僕にそこまでする権利はまだない。
「ねえ浩平くん、もう一杯飲んでいいかな?」
結衣は少し甘えた声で問う。酔いが回ったのか、さっきの出来事に負い目を感じたのか、今までにはない態度に見えた。特に断る理由はない。僕らはもう一杯オーダーした。結衣は桜の花びらが浮いた桜色のカクテルを、僕はさほど酒に強くないくせにドライマティーニを頼んだ。強い酒を飲んで、さっきの出来事を一刻も早く忘れたかった。
「ちょっと飲み過ぎちゃったかな?」
またも首を傾げて屈託ない笑顔を作る。さっきのことは笑って水に流そう。そんな意図を感じなくもなかったが、僕は気づかないフリをした。
まだ二回しか会ったことはない。だが、僕は結衣に落ちかけている。美しいルックスに、豊富な話題。手を伸ばしても掴まえられなさそうなところも、ハマってしまう要因の一つかもしれない。自分が今まで接してきた他の女性にはない、ワンランク上の魅力を持つ女性。
だが、あの男の前で慌てたような素振り。
ファーストデートで結衣が重視すると言っていた、教養・経済力・学歴。総合的にあの男に対して僕は分が悪い。
あの男と鉢合わせた時の結衣の表情を見て、悟った。
ー勝ち目はないかもしれないー
■レストランで恋のシーソーゲーム(WOMAN)第4話:嵐のあとの祝杯は桜と共に
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