ただの仲間でない。ともみは、脳内で繰り返す。
「真壁さんは、彼女たちがニコイチであると言い続けているそうです」
「ニコイチ…」
「どうかしましたか?」
「いえ、佐藤さんもそんな言葉を使われるんだなって驚いて」
「もしかしてニコイチって若者言葉だって思ってます?もともとは1950年代からある建築用語ですよ」
所説あるとは思いますが、と前置きした佐藤によると「ニコイチ」、「2つのものを合わせて1つ(2コで1つ)」にするという表現は、もともとは建築・不動産業界の隠語として生まれたらしい。2軒の戸建て住宅が中央の壁を共有して接している構造の建物、いわゆる長屋やテラスハウスのような「2戸建て住宅」のことを、「2戸で1つ=ニコイチ」と呼んでいたのだという。
「それが転じて、今のようなペアを表わす表現になったみたいですが――といううんちくはともかく、白石さんと神崎さんは常に支え合い、真壁さんから言われずとも、自他ともに認めるニコイチコンビでした。それを真壁さんが利用した」
「利用?」
「白石さんが手術をせず、事務所も辞めるとなると、神崎さんのデビューも消えると匂わせた。2人は一緒にデビューさせる予定だったんだから、って」
「でも、神崎さんは…」
「ええ、下顎を削る美容整形済みです。あとは体重が目標値まで減ればデビューできる。既に夢が叶う目前にいるわけです」
スクリーンに、無邪気な笑顔で抱き合う2人の少女が映し出される。華奢で小柄な神崎を、肉感的で大柄な白石が守るように、包み込むように抱きしめている。写真が切り替わる度、2人がお互いをどれだけ大切に思っているのかが、あふれ出すように伝わってきた。
「つまり、神崎さんは人質にされて、白石さんは脅されているということですか」
脅されてれば簡単だったんですけどね、と佐藤は眼鏡をはずし、眉間をほぐすように揉んだ。
「厄介なのは、洗脳、グルーミングだということなんですよ。整形を拒んでいる白石さんでさえ、整形するかしないかの選択権は、まだ自分にあると思っている。白石さんのご両親も整形に反対だそうですが、親の承諾書を偽造することに対しても、罪の意識はない。
だから告発というようなことには至っていないんです。どうすればそこまで盲目にさせられるのか、真壁さんの手法を、一度本当に学ばせてもらいたいくらいですよ」
ともみは手をつけていなかったマグカップを持ち上げる。底が透けそうに薄い茶色の液体の、コーヒーとは名ばかりの偽物の味。あの頃の自分たちが、真壁を盲目に信じていたことが、今はただ、ただ、虚しい。
佐藤はプロジェクターの光を遮りながら、仕事用のスチールデスクに向かうと、引き出しの鍵を開け、茶封筒を取り出した。手渡されたともみは、そのどっしりとした重みに驚く。
「今、見て頂いた各タレントさん達の情報――違法な医療行為の斡旋、親権者同意書の偽造、児童福祉法違反、労働基準法を完全に無視した時間外拘束などの情報もまとめてあります」
4、5cmはある厚みに、ともみは息をのんだ。
「これだけあれば…すぐに訴えることができるのでは?」
そう簡単にはいきません、と佐藤はデスクの前の椅子に座り、大きく伸びをした。
「もちろん本来なら十分に刑事訴訟ができる内容ですが、今回の情報は、公にはできない方法で手に入れたものですからね」
やっぱり、と苦笑いしたともみに、佐藤があくびをしながら続けた。
「なので今はまだ――裁判を起こすこともできませんし、やはり当初のともみさんの計画通りに動くことが得策かと。今日お伝えした情報は、あくまでもバックアップということで」
「あくまでも、っていうレベルの情報量じゃないですけどね」
封筒から書面を取り出し、パラパラとめくりながら、恐ろしい、と呟いたともみに、佐藤が、ともみさんの方が恐ろしいじゃないですか、と目尻を下げて笑った。
「公開処刑、なんてことを思いつくなんて、素人の沙汰じゃない」
「公開処刑、なんて大げさです」
「でも実質にそうでしょう。全世界に配信されているライブ会場で告発するんですから。そちらの進捗はどうですか?真壁さんに疑われてはいませんか?」
「それは大丈夫です。今のところ順調に進んでいます」
半月後に、富士の裾野、山中湖畔の自然に抱かれた野外ステージで開催される『SWEET FOREST FES』。自然と音楽の共生、新時代のカルチャーを新時代のオーディエンスと楽しむフェスとして、真壁リオが3年前からプロデュースするイベント。
2日間行われ、5万人以上の観客動員を生む日本を代表する人気フェスティバルになりつつある。
そのサプライズゲストとして、今配信でバスっている謎の匿名アーティストが登場し、その正体が、元アイドルグループのQUINTZ-G(クインツ・ジー)のYUMEだと発表される。
「とりあえずライブは、YUMEがSNSでやってる手法でいく。あらかじめAIを使って作った歌声をあらかじめ準備してそれを流す。YUMEが歌えなくなっているということは今回は伏せることにする」
真壁のそのプランに、異を唱えたものはいなかった。ともみ以外は。
「昔の声をAIに読み込ませて歌っていることも発表しないと?それは、オーディエンスを騙したことになるのでは?」
今の時代ならAI生成、しかも昔の自分声を使っているという音楽も新しいジャンルとして受け入れてもらえるのでは?と重ねたともみの質問を、真壁は鼻で笑った。
「ただ言わないだけよ。AI生成の声だということも、生歌ではない、ということも。それなら騙したことにはならないわ。ウソは何一つ言っていない」
真実を伝えない、ということが、もう既にウソではないのか?その問いかけをともみは――計画のために、あえて飲み込んだ。
そして真壁が描いた――病気で歌えなくなり泣く泣く芸能界を去ったYUMEが、作曲の腕を磨いて、真壁の元に戻ってきた。そして再びタッグを組み、今度は世界を目指す。一度失ったはずの夢が再び輝き出す――という筋書きが、ライブの後、全世界に配信される記者会見で発表されることになった。
だが、その記者会見こそが、ともみとYUMEの復讐の舞台となる。
「各メディアが集まる記者会見の場で、真実を告白して、真壁さんを告発するんですよね。それはまさに公開処刑でしょう。でも正解ですよ。YUMEさんが顔出しで、しかもライブで告発することが、非常に信ぴょう性を持つ。匿名のままSNSで告発するとかだと、弱いですからね。
真壁さん側が事実無根だと反論しても、世間はざわつきますし、放っておくわけはない。YUMEさんを信じる人達も多いでしょうから、真壁さんへの信頼がぐらつく…というところまではいけるでしょう」
ただ、と佐藤は続けた。
「告発をお2人の証言に頼る、というのがやや心もとない。YUMEさんの手術のカルテも偽造された同意書もまだ見つかってませんし、もう何手か準備しておきたいところです。YUMEさんが事務所に通う中で、誰かと仲良くなれたり…内情を探る糸口は見つかったりしていますか?」
ともみは小さく首を横に振った。実はYUMEは、もう一度歌えるようになるためにリハビリを始めた。そこにともみも同行し、事務所の専属医やボイストレーナー、そして共にトレーニングを受ける所属タレントたちに近づいて情報を探り始めている。だが今のところ、めぼしい情報が得られてるとはいえない。
ふむ、と佐藤が、デスクを指先で叩く。爪が伸びているのか――カチ、カチ、カチ、とその音が何回か響いた後、ともみに今日最大の笑顔を向けた。
「では一度、白石さんに接触してみるのはどうでしょう?私の方でうまくセッティングできると思いますよ」
▶前回:「離婚してください」20年連れ添った妻の決意。やり直したい夫が知らなかった“本当の理由”
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶Next:9月22日 火曜更新予定








この記事へのコメント
コメントはまだありません。