「今回はできるだけ最後まで口を出したくなかったけどさ。そろそろ決着つけないとね」
いつにしようか、撮影が早く終わる日がいいよね…と崇がスマホを取り出し、スケジュールを確認し始めたとき、「監督!」と声が掛かった。
主演俳優の小林拓人(たくと)が手を挙げている。
「ちょっといいですか?」
崇が立ち上がり、つられるようにキョウコもそちらへ向かった。
「どうしたの?」
柔らかく尋ねた崇に、小林が苦笑いを浮かべた。
「今、友坂くんとセリフを変えるか変えないかで話し合ってるんですけど、僕のアイデアと彼のアイデアが違って。どちらが良いか、実際に演じてみるんで、それを見て監督にジャッジして欲しいんですよね」
小林は基本的には人当たりも、性格も良い俳優だ。けれど、一度こうだと決めると譲らないことでも知られている。そもそも、日本屈指の実力派と呼ばれている彼に、正面から意見をぶつける若手をキョウコは見たことがなかった。
「大輝、お前すごいな、小林さんと真っ向勝負して勝てるつもりなの?」
崇が茶化したように笑うと、周囲のスタッフも沸いた。キョウコは居心地が悪くなる。崇の軽口に場を和ます意図があったとしても、これではまるで、若さゆえに無謀に噛みつく大輝を、大人たちが“許してあげている”ような構図だ。若手時代、同じようにあしらわれてきた悔しさが、キョウコの脳裏に浮き上がる。
「勝負とか――勝つとかはどうでもよくて。ただ僕は純粋に、このシーンには、僕が作ったセリフの方が適していると思うから。そうお伝えしているだけです」
「へえ…」と、小林の声から温度が消えた。周囲のざわめきが引き、急速に場が張り詰めていく。
「もっと具体的に教えてよ。なんで友坂くんのセリフの方が、このシーンに相応しいのか」
小林の口元は微笑みを描いたが、目は笑っていない。それでも大輝は臆することなく、まっすぐに切り出した。
「僕は小林さんのお芝居が大好きで、これまで、たぶん全て作品を拝見しています。その上で…ずっと気になっていたことがあります」
「何?」
「時々、役ではなく、小林さん自身にしか見えなくなる瞬間があるんです。役よりも小林拓人という人間が役柄を消し去ってしまう。おそらくその時も、現場でご自身のやりやすい言葉や仕草に変えられているんじゃないでしょうか?
今回、小林さんが提案されたセリフも、小林さんらしすぎて役柄のキャラクターや心情から離れてしまっている。だから、反対なんです」
▶前回:「本当は別れたくなかった…」自分を振った元カノに打ち明けられた男は…
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