不意にかけられた声に、ハッと我に返る。
遠くで役者と話す大輝の姿を見つめていた視界を、笑顔で遮った崇が、手にしていたディレクターズチェアーをキョウコの横に広げて腰を下ろした。
「もう、全然元気。心配かけてごめんなさい」
「こっちこそごめん。根詰めてたの分かってたのに、倒れるまで気づかないなんて…失格だな」
「失格?」
「監督としても、夫としても」
――夫。さらりと口にされた言葉が、ささくれのように胸をざらつかせる。何度も離婚話を切り出し、崇もようやく受け入れる気配を見せていたはずなのに。
「さすが業界一のおしどり夫婦。キョウコ先生の横に並ぶと監督がグッとイケメンに見えますね」と、通りすぎていくスタッフにからかわれ、崇が「うるさいよ」と笑う。
― こんな人だっただろうか。
20年ほど前に出会い、そして結婚してからも、喜怒哀楽を素直に表し、言葉を尽くす彼を疑ったことなど一度もなかった。あの日――美里に嵌められたという一夜の過ち以降、夫婦の形が変わってしまったのは確かだ。けれど、崇の人懐っこい笑顔の裏に潜む“何か”を感じるようになったのは、一体いつからだっただろう。
「大輝とちゃんと話せた?」
「…え?」
「あれ?まだ話せてないの?」
「何、を?」
「何をって、最終2話の流れだよ。揉めてたんでしょ?」
崇がキョウコを覗き込む。
「…あ、うん。その話ね」
「その話って。それ以外になんかあるわけ?」
笑顔のまま返され、キョウコはすぐに「流れはなんとなくまとまった」と答える。
「なんとなく、ってことはまだ話す必要があるわけだ」
「そうね、流れだけはお互いに同意できたけど、ビターエンドにするか、ハッピーエンドにするかで、まだ折り合いがついていなくて」
あの夜の大輝とは――結末の描写で意見が割れたままだった。力を合わせて復讐を果たした女子高生と男性のラブストーリーにも光が差すハッピーエンドを推すキョウコ。対して大輝は、復讐という目的は果たすものの、生きる世界の違う2人が別れを選び、それぞれの道を歩む、というビターエンドを希望している。
「なるほどなぁ。でもキョウコがハッピーエンド派なんだ。意外」
「……そう?」
「うん。だって、物語はキレイにまとまらないからこそ愛おしい、っていうのが今までのキョウコの信条だったでしょ?」
キョウコが言葉に詰まると、崇がからかうように、また笑った。
「オレも参加するよ」
「…何に?」
「2人の話し合いにだよ。キョウコと大輝の」
2人の話し合い、という響きにどきりと胸が跳ねる。けれど崇が言ってるのはあくまでも脚本の打ち合わせのことなのだから、とキョウコは無心を装った。
TOUGH COOKIES
SUMI
港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが
その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。
そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。





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