港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「本当は別れたくなかった…」自分を振った元カノに打ち明けられた男は…
「そんな顔をされたら……聞かなければならない気がします」
「…」
「別れた理由。あなたは“守りたいものが変わったから”と言った。あの時あなたが守りたかったものを――今なら教えてもらえますか?」
― ああ、この目だ。
キョウコの心臓が静かに跳ねる。責めることはしない、見透かそうともしない。全てをキョウコに委ねているような、はちみつ色の瞳に優しく射貫かれる。いつだってそうだった。大輝はどんなときも、最後は結局、キョウコの全てを信じようとする。
キョウコが、突然別れを切り出した時でさえ。
「…友坂くんとは関係ないことよ」
「オレたち、2人のことだったのに?」
「…あなたは今――幸せなのだから、今更、もういいでしょう?」
言葉の端に嫉妬が滲んでしまわぬようにと恥じながら、キョウコはベッドから足を下ろし、支えようと広げられた大輝の腕を拒んで立ち上がる。朝の光は6時を過ぎたところだろうか。明日までには最終2話の脚本を2人で仕上げなければならないのに。
「迷惑をかけてしまってごめんなさい。ありがとう。頭が軽くなったわ」
「キョウコさん」
「作業に戻りましょう。お互い部屋で着替えて…そうね、2時間後に再集合して打ち合わせしましょう」
「キョウコさん!」
「それとも友坂くんも少し仮眠をとる?」
着崩れた浴衣の胸元をそれとなく直して、大輝から離れようとしたその腕が捕まれた。
「…何…?」
見上げると、懐かしさで胸がズクンと痛んだ。長身の大輝に愛おしげに見下ろされる喜びを体が覚えているなんて。引き寄せられることを期待したのかとまた恥じ、キョウコは平静を装った。
「…離してくれない?」
「キョウコさんが逃げないのなら」
「逃げてなんか…」
そう、今すぐここから逃げたい。逃げなければ、とんでもないことを口走ってしまいそうで。
「きちんと話してください」
大輝の手に力がこもる。キョウコは諦めの長い息を吐き出し、立ち去らないことを約束した。離れていく長く美しい指の、その熱が去ることに寂しさを覚えながら。
促されて居間へと移動する。大輝は、備え付けのコーヒーマシンでエスプレッソを入れ、スティックシュガーとともにキョウコに渡してくれた。
エスプレッソにほんの少しだけ砂糖を。邪道だと分かっているけどやめられないのだと照れたキョウコに、「すごくかわいいし、キョウコさんの好みを1つずつ覚えていくのが嬉しい、と大輝が眩しく微笑んだのは付き合い始めた頃…もう何年も前のことだ。
20畳ほどの和室。座敷机で向かい合うと、2人で訪れたいくつもの旅先をどうしても思い出してしまう。ここ数ヶ月、何度も顔を合わせてきた。2人きりの打ち合わせも平気になったはずだったのに、今更、なぜ、蘇るのか。
ざわつく胸をごまかすように、キョウコはPCを立ち上げる。作業に戻るのだとアピールしてみても、大輝の憂う視線には気づいていた。
― やめて。
これ以上見つめられれば全てが剥がれ落ちてしまう。ウソも強がりも、なにもかも。




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