TOUGH COOKIES Vol.69

「夜の世界のおかげで、今の私がある」28歳になった彼女が、男に媚びた過去を振り返り…

SUMI

“歌えないけれど音楽から離れない方法”として、YUMEは曲を作る勉強を始めたというが、そもそもYUMEには天性の音楽センスがあるのだ。何曲かを書き上げると、いとこの友人の――オーストラリア人のミュージシャンが、YUMEの曲を気に入り、買い取ってくれた。

「その人はインディーズの歌手だったんですけど、コアなファンがとても多くて。私が作った曲がプチバズリっっていうか、SNSで結構回って。オーストラリアでは結構売れたんですよね」

それをきっかけに、2曲目、3曲目と頼まれるようになり、4曲目で日本語の歌詞と英語を交ぜた曲を書いて欲しいと言われた。そして日本語の部分をどんなアクセントで歌えばいいのか、歌って録音したものを送って欲しいと言われたのだという。

「彼は、私が歌えないということを知りませんし、私も、実は心の病で歌えないんです、とは言いづらくて。他に歌ってくれる人もいないし……音源と昔の自分の声をAIに読み込ませてサンプリングするのはどうだろう、って思いついたんです。

で、やってみたら……なんか、もう、なんか泣けてきちゃって。想像していたよりもずっと自分が歌っていたんです。もちろん完璧とはいかないけれど、あの頃の自分の声が、蘇った気がして……」

今のAIってすごいんですよね、とYUMEは寂し気に笑った。

その後、AIで歌ったものだとは言えないまま、YUMEは音源をその歌手に送った。すると。

「これは君の歌だ、って。僕じゃなくて君が歌うべきだよ、って。そんなに素敵な声を持ってるなんて知らなかったよ、って曲を返されたんです。驚いて、でもうれしくなって、今なら歌えるかもしれない、ってチャレンジしてみたけど……やっぱり声は出ませんでした」

だからYUMEは歌いたくても歌えないのだと正直に話すことにした。だからこの曲はあなたに歌って欲しいと。すると。

「僕にはこの曲を君ほど素敵に歌えない、って。元々は君の声なんだから、AIを使ったとしてもウソじゃない。君の歌としてSNSにアップしてみなよって勧められたんです」

YUMEは悩んだが、SNSのアカウントを作ることにした。自分が作った曲を昔の自分が歌う。ただの自己満足のつもりだった。けれど。


その自己満足が、意図せずバズってしまった。顔出しもせず、匿名。けれど抜群に歌が上手い女の子。日本語で歌っているのに、オーストラリアの人気歌手がリプライをしている。もしかして日本人ではないのでは?というミステリアスさも話題になった。

そのうちに、YUMEの声にそっくりで、本人ではないかと書き込む人もちらほらと現れ始めた。

「驚きました。私の声を覚えてくれている人がいたことはうれしかったけど、複雑で。そもそもYUMEだとバレるのが怖くて、SNSに出す時にほんの少しだけ、キーを変えて加工もしていたんです。今の私が歌えているわけでもないですし、詐欺のようなことをしている罪悪感もあって、自分の正体を明かすつもりはありませんでした。それなのに――公子さんから連絡がきた。しかも…」

唇を噛みしめたYUMEの怒りに、公子からYUMEとのやりとりを見せられていたともみも同調した。自分を切り捨てた大人が、また自分を利用しようと近付いてきたのだから、許せるわけはない。

「もう一度デビューさせてあげるとか、夢を叶えようとか、公子さんはあの頃と全く変わっていませんでした。そして気づきました。デビューをエサにされ、整形を受け入れたのは私の弱さです。それにアイドルだってビジネスだってことも、きれいごとばかりじゃ成立しない世界だってことも分かってます。でもそれでも――あの人達は、夢を追いかけている子どもに、絶対にやってはいけないことをした。そしてそれはきっと…今の子たちにも続けられている。だから…」

YUMEは目を伏せ、もう一度唇を噛んだ。切れるのではないかと心配になるほど強く。強く。そして、違いますね、と呟いた。

「今の子たちのためじゃない。私は――私が歌を奪われたことに怒っています。私自身が、あの2人を許せないんです。公子さんからの連絡がそれを思いださせてくれた。

だからこの復讐は、あの頃の私のためです。個人の復讐に、ともみさんを巻き込みたいんです」

ともみに訴えるYUMEの眼差しは、恨みや憎しみで濁ってはおらず、清々しいとさえ思えた。だからともみは。

「証拠がなくても、勝てる方法を考えればいい」
「…ともみさん…」
「YUMEの覚悟が決まってることは、ちゃんと分かったから。助ける…って言葉が正しいかはわからないけど、手伝うよ」

今度こそ一緒だよ、と、ともみがYUMEの手を握ったその時、スタジオのドアが重い音を響かせて、公子が騒がしく戻ってきた。

「ごめんごめん、2人が好きだったパンを思い出してさ。買いに行ったら遅くなっちゃった~」

鈍感で呑気な声を上げ、このスタジオの近くで50年以上続いている、昔ながらのパン屋の袋を掲げて近づいてくる。

YUMEは焼きそばパンで、ともみはポテトサラダサンドだったよね、とコーヒーと共にテーブルに並べられたそれらに、ともみとYUMEは顔を見合わす。どちらも2人の好物ではなく他のメンバーの好物だったから。

— どっちも間違うとか、ある?

思わず吹き出しそうになった衝動をこらえて、ともみは公子に「ありがとうございます」と、大人の笑みを作る。

「公子さんがいらっしゃらない間に、2人でいろいろ話したんです。それで――YUMEの復活に向けて、いくつか提案させてもらってもいいですか?」


▶前回:16歳で夢を叶えた天才歌姫が絶望し海外逃亡。すべてを失った女が始めた「復讐」の全貌

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶Next:7月7日 火曜更新予定

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TOUGH COOKIES

SUMI

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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