「今の私は、たぶん、前よりまし」
「まし…?」
「でも、だからまずは教えて欲しい」
「何をですか?」
「YUMEは今も…歌えないままで、あの頃の歌声を取り戻すことはできていない。これは本当?」
はい、残念ながら、とYUMEは微笑んだ。歌うことへの恐怖が解消されず、歌おうとすると言葉が喉に貼りついてしまったように動かず、発声さえできなくなる。イップスという精神的な症状だと言われているのだと、YUMEは先ほどの話を繰り返した。
「前ほどの歌声が出せなくても、歌いたい。そう思ってやってみようとしても、声が出ないんです」
目を伏せたYUMEの小さなため息のあとで、ともみは尋ねた。
「じゃあ、尚更なぜなのかな」
「え?」
「なぜ、歌うアカウントを作って発信しようと思ったの?しかも、昔の声をAIに読み込ませるなんて、余計に…」
「辛くなるんじゃないか、ってことですよね。私もそう思ってました。でも、私結局――音楽から離れられたことがないんです」
そしてYUMEは、なぜSNSに歌声を上げるようになったのか、その経緯を話し始めた。
国際結婚したいとこを頼り、オーストラリアに逃げたYUMEはベビーシッターやレストランのアルバイトをしながら暮らし始めた。けれど音楽を遠ざけることができていたのはほんのわずかな期間だけだったという。
「さっき、自分が抜けてからも、QUINTZ(クインツ)のチェックをしてたって話をしたと思うんですけど」
YUMEはQUINTZだけではなく、他のアーティストの活動もチェックせずにはいられなかった。ほんの少し前まで自分がそこにいたはずの世界だからこそ、尚更悔しくて、諦めきれず。
整形しなければ今も歌えていた。でも整形しなければデビューは叶わなかったのだから、という堂々巡りに苦しんだ。その頃は、真壁や公子に対する恨みや憎しみのようなものは、不思議と芽生えず、あの時もし違う方向を選んでいたら…と、自分の選択への疑念が膨らむばかりだったという。
「結局歌を諦めきれず、前ほど歌えなくても…いつか復活できるんじゃないかって。まずは少しだけでも…と思って…いとことカラオケに行ったんです。本格的に歌ってみたくなったのは、QUINTZ(クインツ)を辞めてから、それがはじめてでした。でも、いざ音楽が流れ始めて歌おうとすると…」
喉が詰まって声が出なかった。何度やっても同じで、そのうちにガクガクと震え出してしまった。その後、いとこに連れられて現地の病院に行くと、イップスの可能性が高いと診断されたのだ。
「海外の先生だったっていうのもあったのかもしれませんが、メンタルヘルスへの考え方がポジティブなんですよね。歌や音楽が好きだっていう気持ちを否定せずに生活をするように言われました。
今は苦しいかもしれないけれど、もう一度歌いたいという気持ちが少しでもあるのなら、音楽から距離を取らない方が良いって言われたんです。もう歌えないんだ、とシャットダウンするのではなく、今はまだそのタイミングじゃない、体がただお休みしてるだけだ、という感覚に慣れていきましょうって」
「それって…結構な荒療治じゃない?」
悪化する可能性もあるでしょう?…と聞いたともみに、確かに、日本の治療よりかなりおおらかな診断だったかもしれません、とYUMEは続けた。
「でも私にとって…医師の診断が幸運だった半面――あの時音楽をシャットダウンすることを選んでいたら、復讐なんて考えていなかったかもしれないので、不思議だなぁとも思うんですよね」






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