~日本随一の「応援のプロ」として、テニス界と日本を励まし続けたい~
好きなものには早く出合うに限る
金丸:テクニックを教えないということは、メンタル的な指導をした、ということでしょうか?
松岡:そうです。彼はものすごくシャイだったんですよ。ただ、世界を目指すなら、自分の意思を伝える力が絶対に必要です。だから表現力やコミュニケーション力を重点的に鍛えました。
金丸:錦織さんは何歳からテニスを始めたのですか?
松岡:5歳です。僕が本格的に始めたのが小学4年生なので、かなり遅いほうですね。
金丸:やっぱり始めるなら、早いほうがいいと思いますか?
松岡:思います。ジュニア合宿には「世界に行きたい」という子どもたちが集まってきます。技術もそうですが、考え方についても12歳くらいから教え込まないといけない。これが、この30年の結論です。テニスはチームプレーではなくて個人競技だし、自分であちこち遠征します。だから自立していないといけない。精神的な部分を19、20歳から教えられても、なかなか難しいですから。
金丸:ITも根底は一緒ですね。私の世代はコンピュータやプログラミングに出合うのが、早くても高校生くらいだったけど、今や小学生も普通に触っています。
松岡:小さい頃に好きなものと出合うメリットは、「楽しんでやれる」こと。楽しいからこそ吸収が早い。「やらされている」とか「覚えなきゃいけない」と思ってやるのとは大違いですよね。だから早く始めるというのは、すごく大きな武器なんです。
金丸:AIだって、これからは小学生も使いこなす時代です。われわれの業界もスポーツに近くなってきたのを感じますね。ところで、海外に飛び出す人が増えた一方で、日本のスポーツ界にはいろいろな課題があります。ひとつは、収入の問題。勉強を頑張った人は稼ぐ道があるのに、スポーツを頑張った人が経済的に自立できないという状況を、どうにかしないと。
松岡:テニス界は今、世界的には賞金がだいぶ高くなっています。例えば、グランドスラムのひとつ、全仏オープンには128人の選手が出場しますが、1回戦で負けても1,200万円くらい賞金をもらえます。しかし同じ国内大会では、ゴルフ界に比べると、テニスはまだ成り立っていないと感じます。
金丸:アマチュアスポーツを重んじてきたから「稼げなくて当たり前」みたいなところがありますよね。オリンピックのメダリストだけではなく、国内で何十位ぐらいまでの人はちゃんとスポーツで食べていけるようにならないと。そして、一線を退いたあとのセカンドキャリアの問題もあります。
松岡:テニスの場合、コーチの需要があるので、比較的恵まれているかもしれませんが、競技によっては選択肢がかなり狭いですよね。
金丸:テニスだと、プレーヤーとしての寿命は10〜15年ですか?
松岡:僕は13年やりましたが、最近は選手寿命が延びています。フェデラーは40歳を越えてから引退しましたし、ジョコビッチは38歳で今も現役。10年近く延びているので、それはいいことかなと思います。
プロ引退後、全国を旅して見つけたのは
金丸:松岡さんは現役が13年、『くいしん坊!万才』は約26年とおっしゃっていましたよね。
松岡:すごいでしょう(笑)。途中から「プロフェッショナルイーター」と名乗っていました。それまでは1年か2年で交代していたのに、これほど長くやらせてもらえて、本当に感謝しています。
金丸:番組で日本全国に行かれていましたが、松岡さんの経歴を考えると、それまで田舎を旅行する機会なんてなかったんじゃないですか?
松岡:だから現役を退いたときに、「日本中を旅したいな」と思っていたんです。そこに『くいしん坊!万才』の話が来たものだから、僕がどれだけ向いているかを番組スタッフに全力でアピールしました。結果、番組で全国を2周もできました。
金丸:全国を回られて、何か変わりましたか?
松岡:人をすごく好きになりました。毎回毎回美味しいものをいただいたけど、何を食べたかよりも、出会った人たちの方が強烈に記憶に残っていますね。日本全国の人間味を堪能させてもらったというのが、現役を辞めてから一番のいい経験です。
金丸:地域ごとにこだわりを持っている人がいて、多様性を感じる旅。楽しいでしょうね。
松岡:日本っていいな、僕は日本人で良かったな、と。旅をしているだけで、仕事って感じではなかったです。
金丸:例えばワインの場合は表現にパターンがありますが、食レポとなると、言葉にするのが難しいのでは?
松岡:いや、言葉は勝手に出てくるんです。
金丸:それがすごい。
松岡:難しい言葉は要りません。台本は用意されていたのですが、僕は2回目の収録から台本に頼っていません。美味しいのは間違いないけど、美味しさよりも触れ合った人たちや風景、季節、そういう感性の部分みたいなものを伝えることが自分の役割だなって。
金丸:ワインで言うところのテロワールですね。
松岡:だから、僕の中から無理やりひねり出すのではなく、話を聞いているうちに自然と出てくる言葉を大切にしていました。
金丸:そういうお話を聞くと、普段はネガティブで無口なんてますます信じられません(笑)。ちなみに、松岡さんは今もテニスをプレーする機会があるのですか?
松岡:正直、ジュニアに教えるとき以外はしたくないんですよ。自分のためにはしたくない。というか、僕は自分を応援のプロフェッショナルだと思っているから、人から「頑張ってください」と言われると違和感を覚えてしまって。
金丸:応援のプロ。これまで対談した中で、初めての肩書です。
松岡:僕はジュニア合宿を頑張っていますが、他は大して頑張っていません。ただただ人を応援している。応援するのが生きがいだから、「僕じゃなくて、あなたが頑張って!」って思います(笑)。




