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今夜、罪の味を Vol.8

22時、彼からの呼び出しに喜んでついて行った女。 しかし、期待していたような展開にはならず…

有栖川匠

― 豪さんがストーリーを載せるなんて!

私は思わずベッドから飛び起きると、なぜだかスマホの前で正座をして大慌てで乱れた髪の毛を手櫛で直した。

インスタを交換して1週間ほど経つけれど、自分でも「グルメ情報を見るだけ」と言っていたとおり、豪さんはめったに投稿をしない。ましてやストーリーなんて載せるイメージは全くなかったから、ついびっくりしてしまったのだ。

『ひとりでフラッと覗きに来たけど、なかなかいい店。朝までやってて重宝しそう』

そんなコメントと共に載せられているのは、またしてもお鮨の写真だった。

― いま、ひとりでお鮨食べてるの?かわいい。

ドキドキと胸を高鳴らせながら投稿を送ると、私はまたしても小さく声を上げてしまう。

だって次の投稿には、『Sushi Bar 魚々 COZY』というお店の情報と共に、こんなコメントが添えられていたから。

『だれか一緒にどう?顔出せる人、連絡ちょうだい!』

信じられなかった。

「豪さんは今頃何してるんだろう?」

今日1日私の頭を占領していた難問の答えが、目の前にある。さらにはなんと、私もそこに参加することができるかもしれない。

緊張で震える唇の端には、先ほど歌い切ることができなかったメロディーがそのまま残っていた。

― 女の子の方からアプローチしたって、いい…んだよね?

心の中で問いかけたって、誰も答えてはくれない。答えられるのは、豪さんだけだ。

私はもう一度お気に入りのあの曲をかけると、勇気を振り絞って豪さんにLINEを送る。

『こんばんは!インスタ見ました。よかったら私、行ってもいいですか?深夜のお鮨興味アリです』

豪さんからの返事は、1分とたたずに返ってきた。

『もちろん!よかったらおいでよ』

返事を見るなり「キャー!!」と叫んだ私が、背後からおどおどと呼び止める父の声を振り切って家を飛び出すまでも、きっと1分もかからなかったと思う。


一目散にタクシーに飛び乗り五反田へと向かう。小さなビルのエレベーターを2階に上がる。

そうして訪れた『Sushi Bar 魚々 COZY』は、一見するとまるで洗練されたバーのような雰囲気で、最高にオシャレな空間だった。

だけど、さっきまでのハイテンションからは打って変わって、私のテンションはどん底。

その理由は───。

カウンター席に座る豪さんと私の間は、ふた席分もの人に阻まれていたからだ。

どうやらあのストーリーを見て駆けつけたのは、私だけじゃなかったらしい。

お鮨好き仲間がたくさんいるという豪さんのお友達は、私の後も数人やってきて、結局この場は私を含めた総勢6人もの豪さんの“お鮨友達”が集まったのだ。

2度目のデートになるかもしれないという期待は、空気の抜けた風船みたいに萎み切ってしまった。

私が息を弾ませて駆けつけたのは、深夜の美味しいお鮨とお酒を楽しむだけの会だった…ということらしい。


― なんて、なんて罪な人なんだろう!

憂さ晴らしのように食べ進めたお鮨は、悔しいけれどあの夜に負けないくらい美味しかった。

固めのシャリで小ぶりな握りや、おつまみ感覚で放り込めるトロタク細巻きは、否が応でもお酒が進んでしまう。

“Sushi Bar”と掲げているだけあって、お酒の品揃えもすごく豊富なのも憎らしい。自慢じゃないけれど父譲りの飲兵衛な私は、ついつい色んなお酒に手が伸びてしまう。

伊勢の爽やかなクラフトビール。岩手県のトマトのエール。滋賀のフルーティーな純米大吟醸に、長野県のそば茶のビール。

もはや深夜のヤケ食いだけでなくヤケ酒の域にも差し掛かってきてしまった私は、ピンクとグリーンのネオンの明かりの中で、ふと父の顔を思い出す。

― 私…。親に心配かけてまで、何やってるんだろう。

途端に、急激な悲しさに襲われる。分かってる。酔っているのだ。だけど、こんなに美味しいお鮨とお酒を前に、夜の感情の暴走は止めることができない。

店内にずらりと並んだ豊富な品揃えのお酒を前に、私は切なさを噛み締める。

豪さんにとっては私も、豊富な品揃えのうちのひとり。その他大勢のうちのひとりだ。

そう思ってしまった途端、美味しいお鮨は急に、酸味が効いた切ない味がするようにも思えた。

気がつくと私は、ピンクとグリーンのネオンの中で立ち上がっていた。そしてゆっくりと、豪さんの方へと歩みを進める。

「あの…豪さん」

店員さんと何やら話し込んでいた豪さんが、私の方を振り向く。

「栞ちゃん!どう?ここ。朝までやってるから、急に夜中にお鮨食べたくなっても…」

そう話し始める豪さんに私が返したのは、後から思うと、深夜のヤケ酒の勢いがなければ言えない言葉だ。

「お鮨は美味しいです。でも、はっきり言いますよ。私、豪さんとデートがしたいんです!」


▶前回:お受験幼稚園ママ友のクリスマスパーティー。留守がちな夫の話題で盛り上がる夜

▶1話目はこちら:大好きな彼に交際半年でフラレた女。未練がある女が、夜に足を運んだ場所

▶Next:1月12日 月曜更新予定
急接近していく栞と豪。一方、まだ豪のことを忘れられない市子も動き出し…

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この記事へのコメント

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No Name
ちょっと.....豪の鮨友たちはびっくりしたとは思うけど、いいんじゃない! 豪も栞のこと気にはなってるけど重要取引先社長のご令嬢のコネ入社だから一線引いちゃってるのかもね。上手くいけばいいと素直に思った。
2026/01/05 05:3115
No Name
栞、結構な大食いだよね。お酒もかなり飲めるようだし、何より初めての恋なのに頑張ってるから応援したくなる♡ 市子はゴメン、新しい出会いを探してくれw
2026/01/05 06:0713Comment Icon1
No Name
栞はいい子。栞両親は過保護かな。でも、豪と市子の関係も気になる。
2026/01/05 05:5510
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有栖川匠

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さまざまな感情に飲み込まれそうになる夜にも、東京では美食がそばにいてくれる。

ディナータイムのあとに、自分を甘やかす“罪の味”。

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