福岡のおじさんの年齢も、いとこの結婚も、会社の新規事業のこともなにもかも差し置いて、私の頭をずーっと占領しているのはこれだけだ。
― 豪さんは今頃、何してるかな…。
あの夜。
忘年会の後に、一緒にお鮨を食べに行ったあの夜以来、私はすっかりどうにかしてしまったらしい。
別に今夜だけに限らず、いつでもどこでも何をしていても、朝から晩まで気がつけばずっと豪さんのことを考えてしまうのだ。
仕事上での直接的なやりとりはないものの、会社では日々少しずつ、豪さんとの距離は縮まってきているように感じる。
私の思い違いでなければ豪さんのほうも、私のことを少なからず身近に感じてくれるようになったみたいだ。
毎日気軽に「おはよう」や「おつかれ」という言葉をかけてくれるようになったし、それに、ちょっとした雑談だってする仲になった。
あの夜の帰りのタクシーでLINEはバッチリ交換したし、
「栞ちゃんって、美味しいお店詳しそうだよね」
豪さんのほうからそう言われて、先週はインスタまでフォローしあったのだ。それからは一層会話の幅が広がって、私が載せた美味しいレストランの投稿に「いいね」を押してくれることだってある。
豪さんとやりとりができた日は、飛び上がるくらい嬉しい気持ちになってしまう。
けれどそんな毎日のなかでも、ひとつだけ、引っかかっていることがあるのだ。
「良かったら、また一緒に美味しいもの食べたいです。夜遅くでも、何時でも」
あまりにも楽しかったあの夜。帰りのタクシーで勇気を出して言った言葉には、まだ応えてもらっていない。
― 精一杯のアピールしたつもりだったのに、伝わらなかったのかな…。
恥ずかしながら今まで一度も恋愛経験がない私には、正解がわからない。
そうしてやきもきしている間に、世の中はすっかり年末年始だ。私を含めた部署の人たちの多くは昨日が仕事納めで、今日からは休みに入ってしまっている。
デートに誘ってもらえなくても、会社で毎日豪さんの顔が見られればいい。そんなふうに自分を納得させていた日々は、すっかり中断されてしまったのだ。
その結果私の頭の中は、
「豪さんは今どこでどんなふうに過ごしているんだろう?」
その考え一色に染まってしまっているのだった。
「お父さん、コーヒー淹れます?」
「ああ、もらおうかな」
帰宅した両親は、いつもの調子でリビングでくつろぎはじめる。
普段ならば私も一緒にテーブルについて小さなお菓子でもつまむところだけれど、今夜の私はそれどころではない。
「私はいいや。ちょっと疲れちゃったから部屋にいるね」
父と母を横目にそう伝えて、私はひとり2階へと上がった。
私が一緒に家族団らんをすると思い込んでいたであろう父が、おろおろとするのが見えたけれど、構ってはいられなかった。
この時間にコーヒーなんて飲んだら、ただでさえ豪さんのことを考えて眠れない夜が、なおさら眠れなくなってしまう。
それに、この前の夜。少しくらい帰りが遅くなったからといって、引っ切り無しに連絡をし続けてきた父には、少し怒ってもいるのだ。
父が私のことを大切に思ってくれている気持ちは、わかる。会社勤めだって、父のコネで腰掛けOLをしていると思われているのだって、わかっている。
だけど私はもう、23歳の立派な社会人なのだから、父の方だって少しくらいは慣れるべきなのだ。
そう自分に言い聞かせて階段を上り、部屋のドアを後ろ手に閉める。そしてまたすぐに、豪さんのことを考え始める。
もしこれが恋だというのなら、私はなんて大変なことを夢見てしまったのだろう?
素敵な男性と出会って恋がしたい。ドキドキしたり、ときめいたりしてみたい。漠然とそう夢見ていたけれど、手応えのない片想いなんて、胸が苦しくなるばかりだ。
フォクシーのワンピースのままベッドに倒れ込むと、私は大きくため息をつく。
そして、ハーフアップの髪の毛がゴロゴロと後頭部に当たるのも気にせず、パーティーからずっと控えていたスマホをやっと取り出すのだった。
スマホで立ち上げたのは、音楽ストリーミングのアプリだ。
豪さんと新宿から代々木まで歩いていた時、突然ライトアップされたクリスマスツリー。あとから調べてみるとあれは、とある女性アーティストの新曲リリースイベントだったらしい。
あの夜の余韻を長引かせられるためならば、どんなものにでも縋りたい。その一心でここのところの私は、毎晩部屋でその曲を聴いている。
曲の内容が、なかなか振りむいてくれない男性にむけての気持ちを歌ったものだったことにも奇妙な偶然を感じていたし、女性の方から大胆にアプローチしたっていい…といったメッセージには勇気をもらえるところもある。
すっかり覚えてしまった歌詞を口ずさみながら、私はさらにインスタも立ち上げる。
だけど、次の瞬間。せっかく曲のサビがやってきたというのに、私の口から出てきたのは歌詞ではなく、「あっ!」という驚きの声だった。
だって、インスタを開くなり目に飛び込んできたストーリー…。
それは他でもない、豪さんのものだったのだ。







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