悲しい夜。眠れない夜。寝たくない夜。
さまざまな感情に飲み込まれそうになる夜にも、東京では美食がそばにいてくれる。
ディナータイムのあとに、自分を甘やかす“罪の味”。
今夜、あなたも味わってみませんか──?
Vol.1 <市子:東麻布のデザート>
「ねえ、市子。本当にそれだけで足りるの?」
麻布台ヒルズのヘルシーなレストランで、向かいに座った豪くんが心配そうに尋ねた。
「うん。もう19時半だし、これで十分」
そう言いながら私がフォークでつつくのは、小さなアート作品のようなサラダだ。
お皿はまるで白いキャンバスのように広々しているものの、サラダ自体の量はそう多くない。カロリーはきっと、豪くんの食べているチキンとパスタの半分にも満たないだろう。
実際、これだけでは食欲は満たされはしない。だけど、今から何か追加注文をしたのでは、確実に20時を回ってしまう。
「私が20時以降は何にも食べないの、知ってるでしょ」
「うん、知ってるけどさ。たまにはデザートとか食べてみる?とか思っただけ」
「だめだよそんなの。ギルティすぎる」
私の答えを聞くなり、豪くんはグラスに半分ほどだったビールをぐびっと一気に飲み干した。
お酒がまったく飲めない私には分からないけれど、きっと海外出張帰りの一杯というものは、相当に美味しく感じるものなのだろう。
― 豪くんの喉仏ってセクシーだな。それに、いっぱい食べるところも可愛い。
サラダを食べ終えてしまった私は、ひたすら豪くんの食べる姿を見守る。あらためて噛み締めるのは、彼が私の恋人であるという奇跡だ。
そう。豪くんは、私の恋人。そしてそれは私にとって、まるで夢みたいな奇跡。
いつまでも豪くんに似合う自分でいようと思うのなら、夜遅くにデザートを食べるだなんて行為は───“罪”としか言いようがない。
だから私は、20時以降は何も食べない。
これからもずっと、ずっと、豪くんのそばにいたいから。






この記事へのコメント