「ボスがクライアント向けのレポートの方針を急に変えたの。でもそもそも前提条件が間違っていたから指摘したのに、間違いを認めようとしないのよ。2時間も議論したのに、最終的には話をすり替えられて、結局しれっと元に戻して。本当に腹が立つ!」
「災難だったね。でも、ボスにそんなふうに直接言えるってすごいね」
「遥斗は言えないの?それなら、上司が間違っていたらどうするの?」
莉乃は心底不思議そうな顔で聞く。その時に、彼女との文化の違いを認識した。
「まずは質問の形で確認するかな。上司のプライドは折らずに、本質だけ伝えるみたいな感じ。それでも改善しなかったら…最終的には真っ直ぐ言うか、もっと上に言うか。でもクリティカルなものでなければ、その場は流して、後でうまく軌道修正するかな」
「へえ、なんか回りくどいのね。ぶつからなきゃ分かり合えないじゃない」
こういうことがちょこちょことあった。
アメリカでは間違っていることははっきりと指摘するし、それが当たり前だ。
ミーティングにしても、必要であれば出るし、そうでなければ断っても問題ない。
その代わり、完全実力主義で、成果が出なければいつクビにされてもおかしくない。
仕事は自分で掴み、取捨選択をして最大限のパフォーマンスを出す、というのが莉乃の働き方。
その点、遥斗の会社は本社が日本にあり、直属の上司は日本人。ニューヨークであっても日本的な働き方の文化であり、莉乃のように融通がきかない。
そのせいで、たびたび小さな衝突があった。
「また仕事?会いたかったのにな」
「悪い、明日朝イチで大事なミーティングがあるから準備をしないといけないんだよ」
遥斗の答えに、莉乃は大きくため息をつく。
「もう少し、効率を意識してもいいんじゃない?」
莉乃の呆れたような物言いに、遥斗はカチンと来る。先週もシンガポールとの大事なミーティングがあり、その準備に追われていた。効率うんぬんよりも、スケジュール的に仕方ないこともある。
そう言うと、今度は「じゃあ上司か人事に言った方がいいよ」と言われてしまう。
これまで遥斗が付き合っていた女性たちは、自分の仕事に口を出すようなことはなかった。
だけど、それは彼女たちを自分が対等に扱っていなかったからだと気がついた。俺の仕事のことなど、どうせわからないでしょ、と。
今度は対等な関係を意識し、お互いに仕事の話もよくするようになった。
けれど莉乃とは、仕事に対する考え方・文化の違いから小競り合いが起きてしまう。
― 難しいな…。
そうは思うものの、結局会ってしまえば、議論も愚痴も不満も、すべてどうでもよくなるほど、莉乃のことが好きだった。
待ち合わせにスーツ姿で美しく颯爽と歩いてくるのに、遥斗に気がつくとフニャリと可愛い笑顔になるところ。
普段料理などしないのに、遥斗に手料理を振る舞いたいと、焦げたミートローフとカチカチのマカロニチーズを一生懸命に作ってくれるところ。
それらすべてが愛おしい。







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