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太宰治ゆかりのバーから、名バーテンダーを育ててきた老舗まで。銀座で行くべきバー2選

銀座のバーで、いつもの一杯を嗜む。

それは、大人にこそ許された特別なひととき。そこにはおもてなしの精神があり、自由で平等な空気に満ちている。

そして、かつて大人の世界だったこの街は、とうにしっくりなじむようになっていた。



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1.みゆき通りの裏路地を入れば、大人な昭和が変わらずあった
『Bar Lupin』

銀座『Bar Lupin』の階段

地上の扉を開けるとすぐ階段というつくり。戦禍も乗り越えたが、老朽化には勝てず1972年にビルごと改装。タモ材のカウンターをはじめ、備品はほぼ当初のままで旧店の内装を再現


聞いてはいたが、驚いた。あのビルも、この店も、見事に建て替わっている。

最後に来たのは本社が移転するタイミングだったから随分と経つ。銀座勤務の言葉に惹かれて入社した春から数えれば、もう、20年以上前!

「そりゃ、息子も大学生になるはずだ」。思わず独りごちて苦笑する。

久々に訪れた銀座で昔を振り返っていた。あの頃はまだ昭和が色濃く残っていた。会社の近くで食べるランチは高かったけど、全部美味しかった。昭和通り沿いの鰻割烹、老舗洋食店の知られざる支店、海外セレブ御用達ホテルのイタリアン。どこに行くにも背筋が伸びた。

そんなことを思い、並木通りまで来た瞬間、閃光が走るように記憶が蘇った。この交差点を左に行くと路地があって、その先に……あった!

周囲は変わってしまったけど、一角だけ、エアポケットのように取り残されている。看板もそのままだ。

『Bar Lupin』。そこは、ことあるごとに足を運んでいた銀座のバー。思い切って階段を下りると、白髪の重鎮バーテンダー氏が笑顔で出迎えてくれた。

銀座『Bar Lupin』の内観


感慨を見透かすように、「半世紀以上前からずっと変えていません」と明言する。

確かにカウンターの柔らかい木肌の感触はあの頃と同じ。一番奥に例の“太宰席”もちゃんとある。

ゆっくりと味わうラガヴーリンで、じわじわと肩の力が抜けていく

銀座『Bar Lupin』のお通しの生姜酢和え、90周年ウイスキー

グラスは坂口安吾の写真にも映り込む骨董品。お通しの生姜酢和えは、創業者の高﨑雪子さんが自身のお弁当のおかずで作っていたものだ。店で出すと大好評で定番化。チャージ¥880、90周年ウイスキー¥1,760


お通しのキュウリも不変だ。

「みなさんピクルスっておっしゃいますが、実は和え物。生姜酢和えです」と重鎮氏が今度は茶目っ気たっぷりにウィンクした。

「そうか、ピクルスじゃないんですね。初めて知りました」と答えながら思い出す。

銀座のバーは憧れの場所だと思って背伸びしていたけれど、いつ訪れても迎え入れてくれる空間だった。初訪問のときも、ごく自然に、コアな常連が来たかのように優しく迎え入れてくれて、安堵したことを思い出す。

当時はモスコミュールばかり飲んでいた気がするが、今夜はウイスキーにする。

重鎮氏ご推薦の90周年記念ボトルで、その名も「アイラ」。中身はどうやらラガヴーリンらしい。グラスに口をつける。

銀座『Bar Lupin』の開 幾夫氏

開 幾夫さんは入店26年のベテラン。創業者の弟からバーテンダー職を継いだ歴史の語り部だ。店前がロケ地にもなった映画『007』のショーン・コネリーのエピソードなど、話題は尽きない


鮮烈な香りと旨みにうっとりしていると、「それ、戦前からあるグラスですよ」と重鎮氏がニヤリ。

「太宰が使ったかもと嬉しく思う女性もいるでしょうね」と頷きながら次は何を飲もうか、もう考えている。

年を重ねて、重鎮氏と自然に会話を交わし、憧れだった場で癒やされている自分に驚く。まるで狐につままれたような時間だった。

銀座『Bar Lupin』の看板

印象的な看板は「怪盗アルセーヌ・ルパン」原作本にあった挿絵をアレンジしたとされる。隣接するビルの建て替えにより、昔よりも路地は拡張されたが、ひっそり感は相変わらず


並木通りまで戻ると、そこは紛れもなく、令和の銀座。煌々と高級ブランドのロゴが輝いている。けど、この温かな酔い心地は本物。さっきまで、あのバーで飲んでいた。

「100周年ウイスキーも無論、計画中です」

重鎮氏の人懐っこい笑顔が思い返される。創業は1928年ということだったから、あと3年。それまでに何度も足を運ぼうと心に誓う。

銀座のバーで襟を正していた頃のおかげで、いまがある。ならば、恩返しをしなければ。管理職になり、子育ても一段落した、いまこそ、そのとき!

妙な責任感が芽生えて、自分でも驚く。しかし、実際のところはよくわかっている。単に癒やされたいのだ。そして、通いたいと思わせるホスピタリティこそ銀座のバーがずっと特別であり続けてきた理由でもある。


思い出の地として舞台になった『Bar Lupin』


当初はカフェーで創業、ほどなく酒場に転じた歴史的バー。現在は創業者の孫で4代目の高﨑尚彦さんがマネージャーを務める。

スツールの上で笑う太宰 治の店内写真で有名だが、ほかにも藤田嗣治や岡本太郎など錚々たる顔ぶれに愛されてきた。昨今はアニメ「文豪ストレイドッグス」の影響で若者やインバウンドの来店も急増中。

Bar Lupin(銀座) | デートに使える東京のレストランはグルカレで予約

2.歴史と品格、そして懐の深さ。大人って、こういうことなのかもしれない
『Little Smith』

銀座『Little Smith』の内観

曲線も印象的な仄暗い店内で、白いバーコートが美しく映える。若きバーマン、森光優貴さんが腕を振るう。オーナーも仕事の美しさを認めた逸材で、志を胸に福岡から上京した


確かに、このバーは知らなきゃ損だ。もっと銀座のバーに通いたくなり、やたら店に詳しい同級生から教えてもらった。

「銀座なら『リトルスミス』一択でしょ?」

想像をはるかに超える圧巻の地下空間だ。まるで鍾乳洞にいる気分で贅沢に思える。お通しに出されたスープだけで間違いなく一流と分かる。

「ベルルッティですか、私も好きなブランドです」と、隣で静かに、チーフらしきバーテンダーと常連客が靴の話をしている。実に銀座らしい光景だ。

次はマティーニをお願いする。同級生から絶対に飲むべき、と薦められていた。すると、若いバーテンダーが見事な所作でミキシンググラスとバースプーンを操り始めた。

銀座『Little Smith』の「マティーニ」

ジン2種を合わせるという独創的レシピで、ベルモットは氷に纏わせた分だけ使用。ガーニッシュは塩漬オリーブ。別皿でカシューナッツなども提供。チャージ¥1,500、「マティーニ」¥1,700


ビーフィーターとタンカレーを合わせるのか。思ったとおり、相当ドライ。しかし、口当たりはいたってまろやかで、あとから柔らかくベルモットの香りが追いかけてくる。面白い。

「初代の店長が考案したレシピです」

聞けば、彼はまだ23歳。入店してまだ1年半だというのに、もう堂に入っている。

「ウチのホープです。1年後にはコンペでチャンピオンになっているかもしれません」。低い美しい声で、先ほどのチーフ氏が紹介してくれた。

こうして銀座のバーの格式は受け継がれていくのだろう。未来を担う若手が眩しい。少し酔ったのかもしれない。この重厚感が心地良い。

銀座のバーは、もう自分にとって憩いの場になっていた。


新たに向かった店の舞台になった『Little Smith』


創業は1993年。多くのバーマンを輩出した名門として知られ、オーナーバーテンダーは佐藤典之さん。ウイスキーも充実しており、メジャー銘柄は無論、少量生産で醸される希少ボトルもそろえる。

店内設計は新国立劇場で知られる故・柳澤孝彦氏、木の温もりが心地良いアームチェアは「ジョージナカシマ」の作で、これも貴重。

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