キョウコが、ふっと優しく緩んだ。
「ともみさんは、友坂くんのことが大好きで…本当に大切なのね」
改めて言葉にされると、照れてごまかしたくなる。けれど、ともみは逃げることをやめ、はい、と頷いてから続けた。
「大輝を害する人がいるのなら、徹底的に駆除すると思います」
「…駆除って」
キョウコが声を上げて笑い、グラスを手にした。その細くて白い指を目で追いながら、ともみは自分が大輝に対して、お姫様を守る騎士のような使命感を覚えていることに驚き、それでも溢れる言葉を止められなかった。
「彼を…あの優しい人を、守りたいから」
― でもきっとそれは……先生も、だったんですよね。
ずっと側にいたいという自分の願いは押し殺して、大輝を守るために別れを選んだキョウコをともみは同志のような想いで見つめた。
大輝は別れたくないとすがっただろう。「彼女はもうオレのこといらないんだって」と呟いて、ともみにはじめて甘えてくれたあの夜の、大輝の弱々しい笑顔と、今、知ってしまった真実との板挟みになったようないたたまれなさを抱えながら、それでもともみは聞いた。
「その女(ひと)は、なぜ大輝が先生の相手だと知ったんですか?なぜ大輝を攻撃したかったんでしょうか」
― あまり詮索しすぎるのは、趣味じゃないんだけど…。
「今はもう、大丈夫なんですか?先生と大輝が別れてからは、大人しくなったんでしょうか」
大輝とキョウコが別れて1年くらいが経つはずだと思いながら、質問が矢継ぎ早になったことを、ともみは詫びた。それでも、大輝を脅かす存在があるのならば知っておく必要があると思ったのだ。いざとなれば光江やミチを頼るつもりだけれど、詳細は必要だろうから。
キョウコの瞳が悩んだように揺れた後、少し言葉が鈍るかもしれないけど、と前置きした。
「私のことなら何でも話すつもりできたけれど、彼女のことは詳しくは…夫の深い部分に関わることだし、夫の許可がないと話せないこともある。それでもいい?」
キョウコもだが、崇も著名人だ。今日会ったばかりの(正確には10数年前に出会っているが)ともみに全てをさらけ出すわけにはいかないだろう。その配慮は当然のものだと、ともみは頷く。
「込み入った話になるなら、登場人物に名前がないと話がしにくいわね。彼女の名前を仮にA子さんとしましょうか」
キョウコの説明は、まるで脚本を書くための事務的な作業かのように、理路整然と淡々としたものだった。
キョウコが特別授業を持っていた大学で大輝と出会ったように、崇とA子も、崇がワークショップを開催した映像の専門学校で、先生と生徒として出会ったという。その後、真面目で優秀な生徒だったA子が、崇の現場のインターンを志望して、助監督として行動を共にするようになった。
「夫と私はペアで仕事を受けることも多かったし、会社も一緒に設立しているから、スタッフたちは夫の現場で起こったことを私に報告してくれたりするんだけど、A子さんは非常に優秀だったらしいの。助監督って1番手から、作品によっては4番手くらいまであるじゃない?」
助監督とは文字通り、監督の助手だ。1番手はモニターの前に座る監督から無線で指示を受け、俳優たちに演技指導などを行うことも多い助監督チームのトップ。その下に、全体のスケジュールを作ったり、各部…美術部や照明部などとの連携をとったり、時には駐車場を管理したり、と様々な役割を任される、2番手、3番手、の助監督がいるというイメージだ。
気が利く、勘が良い、現場の仕切りが上手い、などの能力次第で責任のある仕事を任されるようになり、番手が上がっていくのだが、A子は専門学校を卒業すると、インターンではなくフリーランスの助監督として『門倉組』、つまり崇監督の作品に2番手の助監督として参加するようになり、その評判はとても良かったのだという。
映画の撮影では、大きな作品になると1か月間地方で泊まり込み、いうこともある。その間、監督と助監督なら、常に行動を共にしていても誰も不自然だとは思わない。そのうちに恋愛関係になったのだろうかと、ともみがぼんやりと思っていると、それを見越したようにキョウコが言った。
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