「今年の役員の仕事、結構大変じゃない?去年より人数少ないのに、やる事多い気がするもん」
リーダー格のママが言う。
「そうなんですか…お手伝いできることあったら、仰ってくださいね」
私が気遣うような素振りを見せると、彼女は満足げに蕎麦をすすった。
年長クラスにも子どもがいる“先輩ママ”には、敬語を崩せない。相手がタメ口なので合わせていいのだろうが、私は圭太が第一子だし、37歳という年齢よりも若く見られることが多く、未だに敬語をやめるタイミングが掴めないのだ。
私は適当に相づちを打ったりしながら、蕎麦を口に運ぶ。
麻布十番には蕎麦店がいくつかあるが、私はここが一番好きだ。特にクルミだれせいろは、家族で来ても必ず頼む定番で、濃厚な胡桃が細打ち蕎麦によく絡むのがたまらない。
いつもどおり美味しい。それは間違いないのだが、私はどこか心ここにあらずだった。
ママ友との距離感の取り方は、難しい。
仲良くできるのはもちろん嬉しいけれど、踏み込みすぎてはいけないし、踏み込まれすぎるのも困る。
例えば、圭太が夢中になっているアニメの話はするけれど、システム開発会社を経営している夫・将生のこと、私も役員であることは自分からは話さない…というように。
聞かれれば、うちは自営業なんです、とふわっと流すようにしている。
「そろそろお会計しようか」
誰かが腕時計を見ながら言い、私はグラスに残った蕎麦茶をひと口飲み、財布を取り出した。
店の前で軽く手を振り合い、それぞれが帰路につき、私も麻布十番駅の方へ歩き出す。
自宅である麻布十番と赤羽橋の間のタワマン近くまで送迎バスが来てくれるということも、この幼稚園を選んだ理由のひとつだ。
バス停に5分遅れでバスが到着した。
「ママ〜〜!!」
圭太が笑顔でバスを降りて、駆け寄ってくれる。
「おかえり〜圭太。待ってたよ。今日は暑かったでしょう?あ、プール入ったんだね」
「うん。あのね、お水が顔にかかったけど泣かなかったんだ〜!すごいでしょ」
私は「かっこいいじゃん、もうお兄ちゃんだね」と褒めながらプールバッグを受け取り、手を繋ぎながら自宅へ帰った。
この記事へのコメント
5年位前なら毎週コメント欄が荒れたであろう連載が始まった。岡田将生、吉高由里子、平愛梨が浮かぶような登場人物たち。