唐突な問いを投げかけた私に、秀治が怪訝そうな顔を向ける。
「ゆるす?」
「そう、ゆるしあう」
「莉乃が言う“ゆるす”って、どういう意味?
“許す”は、ある行動を“してもいい”と許可すること。“赦す”は、罪や過ちをとがめないこと。“恕す”は…」
「あーもう、いいいい!秀治の癖がまた始まった。そんな難しい話じゃなくてさ、人って、完全には理解し合えないのかな?ってこと。
秀治が担当したこの小説、いま読み終わったんだけど…。結末があまりにも悲しすぎて」
なにげなく振った雑談のつもりだったのに、秀治が意外にも真剣に食いついてきたことに、私はほんの少し面食らう。
秀治は気だるげにコーヒーをすすりながら、気だるげに答えた。
「無理でしょ。どんなにわかり合えたつもりでいても、本質ではわかり合えない。人それぞれ考え方は違うから」
「そう?考え方が違っても、お互いを尊重しあえばいいじゃない」
「尊重っていうのは、ゆるせないから一歩下がって線を引くことでしょ。理解しあってるわけじゃない。男と女だったら、なおさら難しいんじゃない」
「そうかな。私は、男と女だってちゃんとわかり合えると思うけどな」
ちょっとムキになってしまったのは、秀治の言葉が、私たちの9年間をないがしろにしているようにも聞こえたからだ。
「だってほら。私たちだって、こうして9年も仲良くしてるし」
「それは、まあね」
同じダイニングテーブルでコーヒーを飲む秀治の前には、食事は何も置かれていない。
毎朝こうして一緒に朝食の時間をすごしていても、私たちの食べるものはバラバラだ。文芸編集者をしている秀治は超がつくほどの夜型で、午前中は食欲がないのだという。
私はたくさんの野菜と鶏ムネ肉をのせたチョップドサラダや、山盛りのクロワッサンをもりもり食べるのに対して、秀治は濃いめのコーヒーを1杯だけ。
それが暗黙の了解となっている時点で、お互いが理解し合えているなによりの証拠になっているはずだ。
そんなことを考えているうちに、リビングの壁掛け時計の針はいつのまにか9時半を指していた。カンカンに照り始めた7月の太陽が、出勤時間であることを告げている。
「いけない!最初のセッションのお客様、いつも予約時間よりちょっと早く着かれるんだよね。そろそろ行かなきゃ」
コップに2cm残っていたスムージーを急いで飲み干すと、私は慌ただしく席をたった。
「莉乃!夜の飲みって、誰と行くんだっけ?」
玄関を出ようとする私の背中に、ダイニングから秀治が質問する。私はお気に入りのオニツカタイガーのスニーカーに足を入れながら、意気揚々と答えた。
「言ってなかったっけ?久しぶりに、“親友”とだよ!」
◆
夕方にその日のトレーニングセッションを全て終えた私は、恵比寿に構えているスタジオから中目黒へと向かった。
親友と会う時は、昔から中目黒になることが多い。
今日のお店は、焼き鳥の『とりまち』。ここ数年の私たちのお気に入りのお店で、ちょうど焼き鳥の気分だった私は、親友の絶妙なチョイスに思わず笑みをこぼす。
考え方だけでなく食の好みまで似通っている私たちは、お気に入りのお店も、行きたいタイミングも、自然とかぶってしまうのだ。
「いらっしゃいませー!!」
威勢のいい掛け声で迎え入れられた店内には、すでに親友の姿があった。
広い背中。長い足。短い髪…。
見慣れたその後ろ姿に、私は声をかける。
「おまたせ、正輝!」
この記事へのコメント
山盛り…え、ミニクロワッサンてこと?パン製品の中でも特にカロリー高いけど大丈夫?😂
同じ単語や表現が連続すると文章がしつこくなり無駄に読みにくさを感じてしまいますね。一方を別の言い回しに変えるとか読み返して不必要なら削除する等で改善出来るかと思います。これはけして粗探しではなくあくまでも提案です。作者の方がコメントを見てくれるかは存じませんが。