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だれもゆるしてくれない Vol.1

「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はゆるされる?

「おう、莉乃。なんか久しぶりだな」

「そうだね。3ヶ月ぶりくらい?あ、私も生ビールくださーい。正輝、仕事は?」

「このあと戻るに決まってるだろ…」

「ですよねぇ〜。外コンのエリートは大変だぁ」

体を揺すりながら「うるせー」と言って笑う正輝を前にして私は、仕事で張り詰めていた神経がゆるゆるとほぐれていくのを感じていた。

― 正輝はほんと、昔からちっとも変わらないなぁ。

もちろん、体は大きくなっている。だけど、正輝の大きな体に似つかわしくない少年のようなあどけない笑顔は、私たちが初めて出会った3歳の頃のままだ。

正輝が小4の時に一軒家に引っ越してしまうまで、同じマンションのお隣さん同士。

吉祥寺で有名だった同じ小学校受験塾に通い、一緒に成蹊小学校に進学。

親同士も仲が良く、家族ぐるみの付き合いのもとで共に育った正輝は、性別は違ってもかけがえのない親友なのだ。

離れていたのは冗談抜きに、私がアメリカに留学していた高校3年間だけかもしれない。

高校時代は別々に過ごしたものの、まさかの偶然で同じ慶應大学に進学。

さらには就職先まで、会社こそ違ったものの、お互いに似たような外資コンサルだったのだから笑ってしまう。

私は今はもう会社を辞めてジム経営者として独立しているものの、正輝はまだまだ外コンで頑張っている。

そういうわけで私たちは、正輝の仕事のグチを聞いたり、私の秀治のノロケを聞いてもらったり──。30歳になった今も親友同士として、こうして気がおけない会話を肴にグラスを交わし続けているのだ。

だけど…今日の会には、いつもとは違うポイントがひとつだけあった。

『とりまち』の馴染みのカウンター。仲良く並んだふたつのジョッキ。

そこまではいつもと同じだけれど、私と正輝の間には、ひとつだけ空席が残されている。

ビールで喉を潤した私は、ウキウキとした気持ちを抑えきれずに正輝を肘でつっつき、尋ねた。

「…で、今度の彼女はどんな子なの?たしか、萌香ちゃんって言ったっけ?」


「そう、萌香。少し前にマッチングアプリで会ったんだけど、めちゃくちゃいい子なんだよ。

たぶん長い付き合いになると思うから、莉乃にはきちんと紹介しておこうと思って」

そう答える正輝の顔は、びっくりするほどデレデレになっている。どうやら新しい彼女の萌香ちゃんは、そうとう魅力的な女の子らしい。

― 正輝のこんな幸せそうな顔、いつぶりだろう?3年前に付き合ってたあの子以来かな?

目尻を下げながら萌香ちゃんのノロケ話を続ける正輝を見て、私の胸はじんわりと温かくなる。

小学校の頃から正輝の恋は何度も見てきたけれど、親友の幸せな恋の話はいつだって嬉しいものだ。

「うんうん。3歳年下で、化粧品会社勤務。可愛くて、美人で、優しくて、頑張り屋さんかぁ。正輝もついにサイコーの恋人に巡り会えたんだねぇ」

「本当、ようやくだよ。莉乃はいいよな、ずっと秀治さんで安定してて」

「そっ、幸せだよー。正輝も秀治を見習って、いい彼氏になりなさいよ」

「はい、ノロケうざ。莉乃こそ今夜、萌香から可愛らしさがなんたるかを学びなさいよ」

「はい、ノロケうざ」

そんな軽口を叩きあっていると、正輝のスマホがカウンターの上でブルブルと振動した。画面を確認した正輝が、またしても目尻を下げる。

「あ、萌香だ。店の近くで迷ってるみたいだから、迎えに行ってくるわ」

「はーい、いってらっしゃい!いい彼氏!」

いそいそと店を出ていく正輝の後ろ姿を微笑ましく見送ると、私は店員さんを呼び止めた。

「えーと、ヤゲン軟骨と、モモと…。それから、東京山椒串焼き3本ください。あっ、あと、鶏の煮込みも」

どれも、ふたりで来ると絶対に注文する、正輝の好きなメニューだった。

萌香ちゃんも好きだといいな、と思いながら、他にもいくつかの私たちのお気に入りのメニューを注文する。

そして注文を終えた私は、隣に空いたふたつの空席を見ながら今度はゆっくりとビールを味わった。

このあと見られる正輝の幸せそうな顔を思い浮かべると、ビールはさっきよりも美味しく感じる。

この時は、そう思っていたのに──。


それから数分後のことだった。

なかなかやってこない正輝と萌香ちゃんを待ちかねて、レモンサワーを注文したその時。「莉乃〜」と浮かれた声とともに、正輝が再び店ののれんをくぐる様子が見えた。

「おかえり!テキトーに何品か頼んでおいたよ」

そう言って振り返りながら、席を立つ。

― 始めの一言は、何にしようかな?正輝の大好きな彼女だもん、感じ良くしなきゃ。

ひとりで待つ間考えていたセリフは色々あったけれど、その中でも気取らない挨拶を選んだつもりだ。

「初めまして!萌香ちゃん。正輝の腐れ縁の莉乃です」

だけど、そんなセリフを伝えようと正輝の後ろを覗き込んだ私は、思わず凍りつくように固まってしまった。

正輝の大きな体の後ろにすっかり隠れてしまうほど、小さくて華奢な萌香ちゃん。

その、お人形みたいな可愛らしい顔に浮かんでいたのは──。

真夏の暑さなど一瞬でどこかへ行ってしまうほど、冷たい、怖い表情だったから。


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▶Next:7月28日 月曜更新予定
男女でありながら、親友でもある莉乃と正輝。それが許せない萌香の心の中

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この記事へのコメント

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No Name
男女の友情ある・ない論争は、はっきり言ってケースバイケースで人それぞれ。どうこう言ったところで永遠に水掛け論になる。 新しい彼女が嫌だと言うならその意見を尊重して二人だけで飲むのを控えたらいいと思う。
2025/07/21 05:2629Comment Icon3
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山盛りのクロワッサンをもりもり食べる?

山盛り…え、ミニクロワッサンてこと?パン製品の中でも特にカロリー高いけど大丈夫?😂
2025/07/21 05:1224Comment Icon4
No Name
秀治は気だるげにコーヒーをすすりながら、気だるげに答えた。
同じ単語や表現が連続すると文章がしつこくなり無駄に読みにくさを感じてしまいますね。一方を別の言い回しに変えるとか読み返して不必要なら削除する等で改善出来るかと思います。これはけして粗探しではなくあくまでも提案です。作者の方がコメントを見てくれるかは存じませんが。
2025/07/21 06:1023Comment Icon11
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だれもゆるしてくれない


尊敬。愛情。そして、下心。

男と女の間には、様々な関係性が存在する。

なかでも特に賛否を呼ぶのは、男女の間の”友情”は成立するかどうか。

その関係は、果たして「ゆるされる」ものなのか──?

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