「…今の彼、若いんだっけ?」
唐突な問いに、私はグラスを持ち直す。
「…25歳。って、なんで?私、彼について何も話してないよ?」
博俊は、にやりとした、興味を隠しきれないような顔で続けた。
「ごめんごめん。この前菜穂がバーに来たとき、偶然聞いちゃってさ。『今の彼は若いから、結婚してくれないかも』みたいな話してたでしょ」
あの夜、横にいた女性との会話が漏れていたらしい。頬がじわりと熱くなる。
「やめて、忘れて」
「ごめんって。でも俺さ、それを聞いてつい思ったんだ」
「なにを?」
博俊は、木製のピックで生チョコを刺しながら言う。
「俺が、今も菜穂の彼氏だったら、よかったのになって」
「…え?」
博俊は、静かに生チョコを食べた。それから突然話題を変え、共通の友人の近況を話し始めた。
◆
3杯飲んで、時刻は23時10分。
そろそろ出ようかと私が言い、店を後にした。
新橋の街はまだにぎやかだ。どこかから蒼人がこちらを見ているような気がして、ソワソワする。
「私、帰るね。タクシーで」
博俊はコクリとうなずく。
それを見て、「じゃあ、お仕事頑張ってね」と手を振る。すると博俊は「待って」と言った。
「どうした?」
「あのさ、菜穂。昔のこと、本気で申し訳なく思ってる。仕事ばっかり優先して、菜穂のことないがしろにして、失礼だったと思う。あのときは、菜穂は俺から離れていかないって慢心してたんだ」
博俊は、よく通る声ではっきりと話す。
「あれから女性とデートしたりしてみたけど、菜穂の強くて面倒見がいいところが、すっごい特別だったなって思わされるんだ。…なかなかの子を手放してしまったなって悔やんでる」
私は、ただただ戸惑う。
「…そんなこと言われても」
「だからね、菜穂。今の彼とちゃんと話して、もし結婚が本当に見えなかったら、俺とまた過ごしてみない?」
彼の声が、心に真っ直ぐに響く。
「今日、思った。俺は、菜穂とやり直したい。もう36歳になるし、結婚前提で」
私は、場の緊張感に飲まれながら、うなずいた。
「…ありがとう」
シンプルにうれしかった。蒼人のうわさに傷ついた心に、博俊の言葉が、心地よく響いてしまった。
この記事へのコメント
特に “仕事終わりに料理作って待っててくれるところ” これは元カレとダメになる時、文句言ってたね。最初は尽くしてくれるから嬉しいけど段々それが薄れてくると菜穂は不信感を募らせるよね。今はいいけど彼が多忙な部署に異動するとか将来起業するとか、早く帰宅し夕飯作りが出来なくなったら、また菜穂は愛されてないと感じるんじゃ?彼女は何かしてくれるから好きと思うタイプで、好...続きを見るきだから与える人ではない。