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SPECIAL TALK Vol.128

~兄に、家族に支えられて、もう一度オリンピックの舞台を目指す~


パリオリンピックで敗退も、復帰戦ではきっちりと勝利


金丸:さて、阿部さんはお兄さんの一二三さんとともに、東京オリンピックの金メダルを獲得されました。日本中どころか、世界中が阿部きょうだいに注目しましたね。

阿部:一緒に出るからには一緒に優勝したい、という気持ちはありましたが、実現できて感無量でした。

金丸:私も「これは、歴史の誕生だ!」と興奮しました。ご家族は誇らしかったでしょう。

阿部:試合にはいつも家族が来て見守ってくれています。でも東京オリンピックは無観客での開催で、家族さえ会場に入れなかったので、そこはちょっと残念でしたね。

金丸:そして、パリオリンピック。一二三さんは再び個人で金メダルを獲得されましたが、詩さんは惜しくも2回戦敗退。

阿部:本当に悔しかったです。

金丸:負けた詩さんが号泣している姿を見て、ネット上では賛否両論の大騒ぎになっていましたね。

阿部:オリンピックの選手村には、テレビがなかったんですよ。情報はネットで見るしかないから、最初は日本中で話題になっていることも知らなくて。だけど、すごくたくさんのメッセージが届くので、「なんだ、なんだ?」って。

金丸:私もそのときパリにいたので、日本のテレビでどう取り上げられているのか、日本の人たちがどう感じたのか、リアルタイムでは分かりませんでした。

阿部:なんだろうと思って自分の名前を検索してみたら、私について、いろいろな人がいろいろなことを言っているのを知りました。

金丸:それを見て、どう感じましたか?私だったら「外野でいろいろ騒ぐな!」って言いたくなりますが。

阿部:そんなふうに騒がれるとは思っていなかったので、「え、やばい」くらいしか頭に浮かびませんでした。だけど、過去に戻れるわけじゃないので、せめて情けない姿を見せてしまったことは謝ろうと。

金丸:私はあとからこの騒動を知って、改めて日本は減点主義の国だなと幻滅しました。負けて泣こうがわめこうが、いいじゃないですか。いろいろな理由をつけて批判したって、阿部さんが世界的な柔道家であることに変わりはない。

阿部:あのときは批判だけでなく、インスタグラムのフォロワーが1日に10万人ずつ増えていったんです。「え?負けたのに?」と、自分でも驚きました。

金丸:それだけ注目度が高かったということだし、負けたあとの阿部さんの姿から、何かを感じ取った人も多かったということなんでしょうね。一般企業だと、研究開発は「失敗してナンボ」というところがあります。失敗を積み重ねて、やっと1回の成功にたどり着く。だけど有力なアスリートは、1回負けたら大騒ぎされる。特にオリンピックなんて4年に1回しかないから、その騒ぎっぷりに本人たちも参ってしまうんじゃないかと心配になります。

阿部:そうですよね。2年に1回とかにしてほしいです(笑)。

金丸:でも、その後、国際大会である「グランドスラム・バクー2025」では、きっちり優勝されました。

阿部:オリンピック以来の実戦でしたが、勝てて良かったです。正直、ホッとしました。

消防士の父と柔らかな母。ふたりの兄たちに囲まれて


金丸:オリンピックにはいろいろな競技があります。選手のなかには「全力で楽しもうと思います」と話す人がいますが、阿部さんの場合、どのような気持ちで試合に臨んでいるんですか?

阿部:楽しもうという意識はないですね。

金丸:やっぱり、そうですよね。柔道は、たとえば野球のように試合中に隙間のような時間はないし、一瞬でも油断したら、それで決着がついてしまう。緊張はするんですか?

阿部:いまは緊張しすぎるということはないです。準備不足だと不安になってしまうので、そうならないようにできるかぎり準備をして臨んでいます。全力で集中できる状態を作る、ということを心がけていますね。

金丸:なるほど。私は柔道って、あらゆる格闘技の中で最強じゃないかなと思っているんです。いくら警戒していても、柔道家に掴まえられたらおしまいじゃないですか。投げ技も寝技も、絞め技もできちゃうから。

阿部:ただ、柔道は相手を掴んでからが勝負なので、間合いが遠いとどうしても攻めづらいですね。

金丸:実は私の父親が柔道をやっていたんです。子どもの頃は、柔道の強さを嫌というほど味わいました。

阿部:お父さんに技をかけられていたんですか!?

金丸:ひどい父親でしょう(笑)。「喧嘩するときは半袖襟なしで行くんだ。相手に掴まれないように」なんて言ってましたよ。この流れでお聞きするのもあれですが、阿部さんのお父様も柔道をされていたのですか?

阿部:父はまったく。もともと水泳をやっていて、競泳で国体にも出場したんですが、身長が低くて、最後はタッチの差で不利になると感じていたそうです。それもあって、子どもには身長が関係ない競技をさせたいと思っていたようですね。

金丸:お父様、お仕事は何を?

阿部:消防士です。とにかくエネルギッシュで、いつも前向きなパワーにあふれている人なんです。

金丸:朝起きたときからテンションが高いタイプ?

阿部:高いというか、熱い、ですかね。

金丸:「今日も頑張るぞ」みたいな。

阿部:そうです。前しか向かない。母はそんな父をそっと支えるような、ふわっとした感じの人で。

金丸:お母様もスポーツをされていたんですか?

阿部:母は特に。だけど、運動神経は良かったみたいです。

金丸:じゃあ、運動神経はご両親から受け継いだんですね。性格はいかがでしょう?

阿部:私は父の血が強いですかね。でも、一二三は母の血を結構感じます。意外と無口っていうか、あんまりわーって喋るタイプじゃないところとか。ちなみに、うちは3人きょうだいで、一二三の上に長男の勇一朗がいるのですが、勇一朗もずっと私たちを応援してくれています。

金丸:勇一朗さんは誰に似ているんですか?

阿部:父方のおじいちゃんですね。おじいちゃんは自分の考えをしっかり持っている人で、こうと決めたら突き進むタイプ。脱サラして天ぷら屋を始めて、お店も結構はやっていたそうです。私が物心ついた頃には天ぷら屋はもう閉めていましたが、今度は母が喫茶店を始めました。

金丸:面白い。阿部家はみんな挑戦を恐れない。活動的なんですね。

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