SPECIAL TALK Vol.126

~「できない」「分からない」の楽しさを伝えたい。万博プロデューサーとして想いを「クラゲ」に込める~


国際数学オリンピックで世界に直接触れる


金丸:学校で教わるような数学って、すぐに答えが出るじゃないですか。中島さんが魅了されたのは、そういうものとは別ですよね。

中島:中学の頃から、『大学への数学』という雑誌にかじりついていました。月刊誌なんですが、数学者で大道芸人のピーター・フランクルさんが毎号「宿題」を出していたんです。

金丸:では、誌上で出される「宿題」を解くのが楽しみになっていた?

中島:そうです。1ヶ月に1問というのが、私はすごく気に入っていて。当時はネットもないので、問題の答えや雑誌の感想を書いて郵送する、というのが習慣になっていました。

金丸:1ヶ月に1問だと、じっくり考えることができるけど、同じことばかり考えてすぎて嫌になったりしませんでしたか?

中島:いや、むしろ「できない」とか「分からない」ことが楽しい。難しい問いは、なかなか道筋すら見えないからこそ難しいわけで。でも朝から晩まで「こうかな」「ああかな」と考えているうちに霧が少しずつ晴れてくる気がする。それが面白い。

金丸:1ヶ月も時間をかけて解いたこともあるんですか?

中島:はい。ずっと解けずに苦しんだ1ヶ月目の朝、たまたま39℃の熱を出し、急にひらめいて(笑)。

金丸:えっ、熱に浮かされて(笑)。その瞬間って、たまらなく嬉しいでしょうね。

中島:その瞬間も楽しいけど、それまでの過程で、「だんだん見えてくる」みたいなのが面白かったですね。数学に限らず、私にとっては音楽もそうなんです。なかなかできない、何かが違う……。その葛藤があるからこそ、新たにつかむ本質があり楽しいんです。

金丸:中島さんの周りに、一緒に数学に取り組むような友人はいらしたんですか?

中島:学校には正直あまりいなかったかな。でも、ピーターさんからご連絡をいただいたことがきっかけで、仲間ができました。

金丸:えっ、向こうから連絡が!?

中島:はい。ピーターさんの「宿題」が解けた人は、毎号誌面に名前が載るんです。せいぜい10〜20人くらいなんですけど、そこには国際数学オリンピックに出ているような同世代の名前もある。「こんな人もいるんだ」と思っていたら、ある日、うちに「ハーイ、ピーターです」って電話が。電話に出た母は「誰だ?」って(笑)。

金丸:そりゃそうだ(笑)。

中島:ピーターさんはほかにも数学に夢中になっている子たちに声をかけて、授業をするわけじゃないけど、事務所で遊ばせてくれていたんですよ。だから面白そうな問題が転がってると、みんながワッと群がって、ああでもない、こうでもないと解き始める。

金丸:それはいい居場所ですね。ひとりで黙々と、というのもいいけど、そういう場があることによって友人や仲間ができる。

中島:もし学校だけで、ずっとひとりでやっていたら、さすがにちょっとさみしかったかもしれません。そこでいろいろな人に出会えました。変わった人たちばっかりですけど(笑)。

金丸:中島さんは、数学オリンピックにも出場されたんですよね。

中島:高2でインド大会、高3でアルゼンチン大会に参加しました。数学の国際大会に出ること自体、価値があることですが、私にとっては、海外に行って現地の人たちの生活を見たことの衝撃が大きくて。本を読んだり授業で習ったりして知っているつもりになっていたけれど、現地で実際に見て、感じるのは、やっぱりまったく違いました。同年代の子が当たり前のようにストリートに、わーっといる。でもこちらが手を振ると、あっちも手を振ってくれる。

金丸:高校生という多感な時期に海外に行った経験は、その後に何か影響がありましたか?

中島:ものすごくありましたね。インドもカルチャーショックだったけど、アルゼンチンは日系人が多いこともあって面白かったです。見るからに日本人で謙虚な感じがする人が、夜になると冬なのに短パン・サングラス姿でギターを持ってきて、「行くぞー」みたいな(笑)。

金丸:むちゃくちゃ楽しそう(笑)。

中島:当時数学オリンピックには、世界約80ヶ国から集まっていたのですが、みんなから「日本の政治はどうなっているの?」「教育ってどんな感じ?」「宗教は?」っていろいろ聞かれるけど、思うように答えられない。だから、日本のことも以前より深く考えるようになりました。

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