大輝と関係を持って数ヶ月が経った頃。ともみが、大輝への思いが膨らみつつあることに焦り始めていたある夜のこと。
「オレたちの関係に名前を付けるとしたらなんだと思う?」
ベッドの上で大輝が突然尋ねてきた。
「…どういう意味?」
ともみがなんとか絞り出した返答に、うーんと呑気に天井を見つめたまま大輝が言った。
「ただの“体だけの関係”っていうのも違う気がしてるんだけど…オレ、恋人じゃない人と関係を持ったの初めてだから、なんか不思議な気持ちでさ」
そんな初めてはちっともうれしくない。黙ったままのともみに気づかず大輝は続けた。
「ともみちゃんに誘われて始まった関係だけど、結局、甘えたのはオレの方っていうか…どうしようもなかった夜に側にいてくれたこと、ホント感謝してる。だから…」
くるりと、ともみに顔を向けた大輝が、額が触れあいそうな距離で言った。
「ともみちゃんがオレを必要とする間はいくらでも頼って。で、いらなくなったら容赦なく捨てていいからね。例えば…ともみちゃんに本気で好きな人ができたとかさ」
ニコッと笑った大輝はともみの頬に軽いキスをして、呆然としたともみを残してシャワーを浴びに行ったのだ。
ともみの揺れる思いに全く気づいていないのか、それとも気づいているからこそ敢えて突き放しているのか。どちらであってもベッドの上でそんな話をするのは、無神経過ぎる。
相手の心の機微には聡いはずなのに、こと自分へ恋愛感情を向ける相手にだけ鈍くなるのは、モテ過ぎるが故に身に付けた防衛本能なのだとしても許せなかった。でも。
そもそも体の関係だけでいいと押し切ったのは自分だから仕方がない…と、ともみが自分を奮い立たせた結果が今回の旅行だ。
― フラれてもいいから…気持ちを伝えてみよう。
そう思えたのは。自分がTOUGH COOKIESで働き始めたからだ。
ともみは、これまで誰かの人生に口出すことを好まなかった。自分は自分、他人は他人。それが信条だったから。
けれど不思議と。苦しみを吐き出すように語る客たちを目の前にすると自然と口が動いた。光江に任されている店だという責任感で、光江ならなんと言うのだろうと考えたりしながらも、必死で自分の言葉を探した。そうして初めての客の富崎小春にこう言ったのだ。
「小春さんにも主人公になれるチャンスはあったんです。でもそのチャンスにトライしなかったから、小春さんは闘わずして脇役になった」
その言葉がブーメランのように自分に戻ってくることになるとは、話した時には思いもしなかったのに。
ふと、「新しい店はともみにだからこそ任せたいと思う」と言った光江のにやりとした笑顔を思い出されたとき、香ばしいスパイスの香りが近付いてきた。
「お待たせしました」の声がして、テーブルにカレーが置かれた。
タラバガニとズワイガニが使われているというそれは、1930年代から作り続けられている歴史あるカレーで、大輝の大好物の1つらしい。
カレーを食べる所作さえ美しいなと大輝を見つめながら、ともみは言った。
「さっき、なんでも聞いてくれるって言ったけど……本当になんでもいい?」
「もちろんいいよ。でもそんなに強調されるとなんかちょっと怖いけど」
「じゃあ、夜に話すね」
とびきりの笑顔を…決意の笑顔を作ってみせたともみに、大輝は一瞬虚を衝かれたような顔をしたけれど、ホントに何でも聞くよ、とウィンクを返した。
この記事へのコメント
カレーな気分になったから今日の夕食メニューが決まった。