カレーを食べ終わると河北さんの運転で日帰り温泉に行き、その後、街中を少しぶらぶらしながら、雑貨屋やカフェに入ったりした。
ふざけたふりをして腕を組んでみたともみを大輝が振り払うことはなかったし、1つのソフトクリームを分け合う2人は、はたから見ればすこぶるお似合いの美男美女カップルにしか見えなかっただろう。
普段、大輝にもともみにも写真を撮る癖がないせいで、実はともみは大輝の写真を一枚も持っていない。
だから今日の記念に…と何度かチャンスを狙ったけれど、今更感と恥ずかしさで、2人で撮ろうと言いだすことも、大輝にだけカメラを向けることもできなかった。
それでも、ふわふわとした幸せな気持ちのまま別荘に戻ったともみに用意されていたのは、友坂家のお抱えシェフのバースデーディナーだった。
「本当は、リビングをバルーンとかで飾り付けようかなと思ったんだけど、ともみちゃんあんまりそういうの好きじゃなさそうだから」
「大正解。良かった、気がついてくれて」
ともみの感謝に大輝が笑う。
ともみは部屋を華やかにデコレーションされたり、突然花束を渡されるというようなサプライズを用意されることがとても苦手だ。
勘が良いだけに、その手のサプライズにはほとんど事前に気がついてしまうし、気がつかなかったとしても「うわぁうれしい♡」というかわいい女の子的なリアクションがナチュラルにはできず、仕方なく芸能活動で培った演技力を発揮することになってしまう。
だから今夜の大輝のおもてなしがシンプルだったことにともみは感謝した。フランスの3つ星レストランで長らくスーシェフを務め、その後はヨーロッパ各国の王室や大統領の料理を担当していたというシェフが、和食のコース料理を用意してくれるという。
「ただ、まだお腹空いてないよね。だからもう少しあとにしてもらおうと思って」
確かに今のともみのお腹は、コース料理を食べる準備ができている、とは言えない。
「たぶん今日は星がキレイに見えるから、1時間くらいテラスでアぺでもしよう」
大輝は既に出先から、シェフに連絡を入れ、1時間程食事の時間を遅らせてもらうことを伝えてくれていたようだった。
「…うわぁ…」
大輝に連れられ2階からテラスに出た瞬間、本当に空一面、満天に瞬く星たちに素直に声が出た。ともみは星が好きだ。だけどそれを大輝に話したことはないはずだったからこそ、この偶然にうれしくなった。
3月とはいえ箱根の夜で、気温は2、3度といったところか。大輝にブランケットでグルグル巻きにされてまるでミノムシのような状態で、ともみはストーブの側のカウチソファーに座らせられた。
そして注がれた白ワインの、その銘柄に驚いた。
「え…?1997年のシャサーニュ・モンラッシェ?しかも、メゾン・ルロワの?」
「これは別にサプライズのつもりじゃなかったんだけど…ここのセラーにたまたまおいてあったから、せっかくなら生まれ年の方がいいかなって」
1997年はともみが生まれた年だ。その上、ワインラバーなら一度は飲んでみたいメゾン・ルロワの銘酒。Sneetにもビンテージ違いのものが置いてあるが、この2年でワインの勉強もしたともみには、その値がかなりの高額であることが分かる。
やりすぎたかな、ごめん、とバツが悪そうな大輝を見ていると、ともみの胸がぎゅっとなった。
なんてかわいい人。そして罪作りな人。なぜか笑えてきてしまい、思わず言ってしまった。
「大輝さん、これで私のこと好きじゃないとか、ナシじゃない?」
「…え?」
「ここまでされたら、女の子が誤解しても仕方ないと思う。誰にでもこんなことしちゃだめだよ」
「誰にでもはしないよ。ともみちゃんの誕生日だからだよ」
まるでともみだけが特別なのだと言わんばかりの大輝の無邪気な言葉に、ともみの望む意味はないとわかっていても嬉しい。そんな自分を愚かに思いながら、ともみはどんどん大きくなる胸の鼓動を整えようと小さく息を吐き出した。そして。
「私は、大輝さんが好き。だからもう体だけの関係をやめたい。本当の、本気の大輝さんの特別になりたいんだけど」
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この記事へのコメント
カレーな気分になったから今日の夕食メニューが決まった。