アオハルなんて甘すぎる Vol.13

「港区の闇にのまれたのは…私」お金と野心に目がくらんだ女の後悔とは

宝×大輝 ~子どもたちの想い~


雄大さんが出て行き、ホテルの部屋には私と大輝くん2人だけになった。大輝くんが私の世話係を押し付けられたように思えて、なんとも申し訳なくなった。

「宝ちゃんの行動が無駄じゃなかったって、実証してみようか?…オレが、なんとかできるかも」

そう言ってどこかに電話をかけはじめた大輝くんのその相手は、お父さん?という言葉からわかった。

お久しぶりです、と続いた会話に大輝くんとお父さんは頻繁に会うことがないのかな?とか、お父さんに敬語なの?とか、聞いていると浮かんでくる疑問が気まずくて、私はトイレに行くふりをして席を外した。

大輝くんの声が続いているうちには戻れないなと、ふと覗いたバスルームにも大きな窓があり、思わず吸い寄せられる。

― 雨、降ってきた。


窓の下をのぞくと、傘を開き始める人達が小さく見えた。雄大さんが到着した頃はわずかに明るかったはずの空がすっかり暗くなっている。濡れたことでキラキラが増した夜景。その美しさを楽しめる心境では全くないけれど、私はバスタブに腰掛けて窓の外を眺めながら、大輝くんの電話が終わるのを待つことにした。

― そういえば、確か。

「オレ、養子なんだよ」

大輝くんはそう言っていた。ということは電話のお父さんは…などと思った時、宝ちゃん?と大きな声がした。返事をして大輝くんの所に戻ると電話は終わっていて、私はさっきの大輝くんの言葉への疑問を伝えた。

「実証する、ってどういう意味?」

実証するっていうと言いすぎかもしれないけど、と笑った大輝くんが、その前にと言った。

「宝ちゃんが愛さんの元旦那さんに何て言ったのか、その時の状況をもう少し詳しく聞かせてくれる?」

座ろう、とうながされるままに私はソファーの元の位置に戻り、大輝くんの質問に答える形で、今日の出来事を思い出せる限り話し続けた。

その間にも、もう少し飲む?とシャンパーニュを勧めてくれたり、それを断るとコーヒーは?と聞いて入れてくれたり、大輝くんの気遣いは止まらなくて、どんな育ち方をすればこんな男の子になるのだろうと私は恐縮してしまう。

大輝くんの質問が途切れた時、ふと目に入った時計は19時過ぎを示していて、私は長く話し込んでいたことに驚いた。大輝くんはしばらくの沈黙の後で言った。

「タケルくん、すごくビックリしただろうな」
「…」

― タケルくん…。

涙を精一杯こらえようとしていた小さな体。あの部屋から出ていく愛さんと私を、ドアが閉まるまで見送っていたタケルくんの、あの、何とも言えない表情。それらがまた脳裏に浮かんで改めていたたまれない気持ちになっていると、あ、違うよ、と言われて顔を上げる。

「ビックリしたって悪い意味じゃなくて。いい意味での驚きだったと思うんだ」

大輝くんは続けた。

「愛さんも含めて、誰も歯向かえない恐ろしい父親に、面と向かって意見する人を見たの、初めてだったんじゃないかな。しかも自分のため…タケルくんのために怒ってくれてる大人を見るって、タケルくんにとってすごく意味のあることだったんじゃないかって。しかも見ず知らずの人がだよ」
「…でも、私が口出すことじゃなかった」
「そうでもないと思うよ」

大輝くんは、何といえばいいのかな、と独り言のように悩んだ後、すごく極端な言い方をすると、と会話に戻った。

「タケルくんにとっては、愛さんもあの父親と同じというか。自分の気持ちを押し付けてくる大人の1人なんじゃないかなって思うんだよね」
「…え?」
「父親と変わらないっていうのは言い過ぎだけど、タケルくんの本当の気持ちを愛さんも理解してない気がする。愛さんが思ってる程タケルくんは父親のことが嫌いかな?タケルくんにとってはどんなお父さんなんだろうね」
「……愛さんのことを、もう母親じゃないとから切り捨てろとか言う人だよ?最低な父親に決まってる。それにウソだとしても…」

愛さんが不倫してたとか子どもの前で…と言いかけて私は言葉を飲み込んだ。不倫の恋の最中にいる大輝くんに言うことじゃない気がして。大輝くんはそんな私に気が付いた様子はなく、宝ちゃんの怒りを蘇らせちゃってごめん、と笑って、でもね、と言った。

「確かにオレたちから見たら最低な人で、最低な父親だろうね。でもオレたちじゃなくて、愛さんから見た彼でもなくて、タケルくんにとってはどうなんだろ、って話なんだよ」
「…どうなんだろうって?」
「タケルくんにとっても最低な父親なのかは、タケルくんにしかわからないと思う。愛さんと一緒に暮らしたいっていうタケルくんの気持ちは本物だと思うよ。でもそれは、愛さんを選ぶから父親は切り捨てたい、っていう単純なことじゃない気がする。

子どもって大人が思うよりずっと、親に気をつかってるものだからさ。愛さんも、自分がタケルくんと一緒に住みたい気持ちに囚われすぎて、きちんとタケルくんの気持ちを聞き出せてるのかなって疑問が残るんだよなぁ」
「…ごめん大輝くん、ちょっと意味がわからない」

この記事へのコメント

Pencilコメントする
No Name
そうね、タケルくんにとっては愛さんも自分の気持ちを押し付けてくる大人でしかないのかもしれない。息子を取られて月1回しか会えない寂しさが先走って、タケルくんの本心を無視してたような気もする。
2024/04/27 05:4643
No Name
キャンドルを吹き消す際、自分のことを願うんだよと言われたのに愛さんとタケルくんの願いが叶いますようにって... 宝ちゃんの人柄の良さが痛いほど伝わってきた。
2024/04/27 05:5140
No Name
今回も読み応えありました。毎週土曜日、楽しみにしています。報われない男、の方も待ってます。
大輝くん、幼い頃の複雑な環境からか、人の心を読み取ることに長けてるね。そういう人物設定もこのライターさん、上手いと思います。
2024/04/27 07:3030
もっと見る ( 11 件 )

【アオハルなんて甘すぎる】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo