愛×雄大 ~大人たちの諦め~
宝と大輝を残してホテルを出た雄大が向かったのは、いつもの店、Sneetだった。店に入るなり店長に、愛さん結構なペースで飲まれてますけど…と心配されながら、個室に案内された。
常連の中でも限られた客にしか許されない、店の奥にある唯一の個室。ドアノブらしきものはついておらず、一見するとそこに部屋があることすらわからない。入口の開閉は隠された暗証番号ボタンによる自動ドアだ。
完全防音の個室。有名人や商談には最適だけれど、中で何が起きても外界にもれない空間の存在を悪用する輩もいる。だからSneetでは個室を貸すに値する客なのかを厳しく見極めている。
部屋の広さは、壁に沿って、コの字型に配置された革張りのソファーに7~8人が座れる程。雄大が中に入ると、入口の正面の位置に座っていた愛が白ワインのグラスを掲げて少しだけ微笑んだ。
「…雨、降ってきたんだ」
少し濡れた雄大の髪を見て言ったのだろう。雄大が青山のホテルを出てタクシーを捕まえた頃に振りだした雨は徐々に強くなり、西麻布に到着する頃には結構な本降りになった。
傘がなくても店の前にタクシーをつければ大丈夫だと、雄大は高をくくっていたのだが、Sneetの前の道路は狭い上に一方通行だ。丁度到着した時に店の前が混雑していて、少し離れた所で降りることになり、店に入るまでの数十秒の間に濡れてしまったのだが。
主に濡れたのはコートでそのコートは店に入った時に脱いで預けた。わずかに濡れた髪と顔は、店に入った瞬間タオルを借りて拭いていてそう目立たないはずだった。それに気が付いたということは。
― 酔えてないな。
元々愛は、酒を飲むとすぐに陽気になり、楽しい酔っぱらいになる。酒に弱くはないからその“愉快な酔っ払い状態”が長く続くタイプだ。その愛が、店長が言う“結構なペースで飲んでいる”のに酔っていないということで、愛の状態がわかる。
その状態に気づかないふりをして雄大は、ソファーテーブルの角をはさんで愛の斜め前に座った。すぐに雄大のいつもの酒、ラムのロックが運ばれてくる。
愛の前にはワインクーラーが置かれていて、中で冷やされているボトル、白ワインは半分程減っていた。既に3杯飲んでいるという愛のグラスに4杯目を注いだ店長が去っていくと、愛が言った。
「来てくれると思わなかったな」
「呼び出したのはそっちだろ」
「呼び出しても来ないことの方が多いくせに。特に今日は怒ってるでしょ」
今雄大が言いたいこと全部わかるよ、と愛が自虐的に笑った。そんな笑い方をするな。お前にはそんな笑い方は似合わないと眉間にシワを寄せながら、雄大がそんな自分の気持ちを…愛に対する想いを言葉にすることは、いつものように、ない。
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この記事へのコメント
大輝くん、幼い頃の複雑な環境からか、人の心を読み取ることに長けてるね。そういう人物設定もこのライターさん、上手いと思います。