「わぁ…東京の街だ…」
美玲がたどり着いた先は、恵比寿ガーデンプレイス。
38階のスカイラウンジに降り立った美玲は、東京の街の壮大なパノラマを目にして、いつも暮らしている街を上空から眺めるという体験に新鮮さを感じた。
みっしりと並ぶ店舗や住宅の緻密さは圧巻だが、所々にこんもりと緑が集まっているのがなんとも可愛らしい。
― 意外と緑の多い街なんだ。これからも、東京の魅力を知っていきたいな…。
展望を存分に楽しんでリフレッシュした美玲が地上階に降り立つと、ワクワクするものがたくさん見つかる。
第二の祖国・ドイツを思い起こさせるビール醸造場や、恵比寿駅まで連れていってくれる動く歩道。象徴的なグリーンのアーチの下にはスクエア型の広場があり、マーケットや催し物もあるらしい。
そして何よりも美玲の心を惹きつけたのは…その奥に佇むシャトーレストラン、『ジョエル・ロブション』だ。
荘厳な建物のありあまる存在感。それは不思議と恵比寿の街に溶け込み、街の魅力を増幅させているように思えた。
― こんなレストランで食事をしたら、ゆっくりアルノーとふたりの時間を過ごせるのかな…。
広場からレストランを見上げながら、美玲は妄想する。
しかし、まだ就職も決まっていないのだ。贅沢はできない、と心を引き締め帰路につくのだった。
◆
それから1週間が経ち、ついに美玲は朗報を受け取った。
ドイツに親会社のあるヘルスケア企業から、ウェブマガジン運営のポジションで内定を得たのだ。
「ねぇアルノー!ついに仕事が決まったよ」
「本当!?美玲おめでとう、がんばったね。今夜はお祝いだ!」
喜びでいっぱいの美玲は、恵比寿ガーデンプレイスにアルノーと行ってみたいと思いたつ。たしか、スカイラウンジのフロアにもいくつかレストランがあったはずだ。
「嬉しい。そうしたら、一緒に恵比寿で食事しない?ガーデンプレイスっていって、美味しそうなレストランもあったの」
アルノーはまだ恵比寿ガーデンプレイスには行ったことがないだろう…。
そう考えて誘った美玲だったが、予想外にアルノーの顔が曇る。
「ガーデンプレイスかぁ…。今日はゆっくりお祝いしたいし、家で美玲の好きなものを食べようよ。僕が腕を振るうよ!何がいい?」
アルノーはそう言うと、買い出しに出るための支度を始めてしまった。
― えっ…ガーデンプレイス知ってるんだ。それに…私とは食事に出かけたくないってこと…?
乗り気でないアルノーを前にして、美玲は言葉を失う。そして実感する。
ここ最近、心が晴れやかでなかったのは、就職活動のストレスだけではない。
見て見ぬふりをしていたけれど、きっとアルノーと心の距離も開いていってしまったのだ。
― このまますれ違い続けたらどうしよう。けどこんな風にあしらわれたら、思ったことも言えないよ…。
祝福の日に、自ら水を差したくない。
手料理を振る舞ってくれると言うアルノーの気持ちを無駄にしたくもない。
ふたり笑顔で過ごしたい──。
その一心で美玲は、心のわだかまりに一度蓋をすることに決め、その夜はアルノーの手料理を楽しんだ。
◆
それから特に波風が立つことはなく、美玲は順調に就職への準備を進めた。
いよいよ初出社を控えた週末。家でのんびり過ごしていると、アルノーに声をかけられる。
「ねぇ美玲。明日から新生活だね。少しだけお洒落して、今夜一緒に出かけよう」
突然の誘いに戸惑いながらも、美玲は言われるままにシャワーを浴び、支度をして、アルノーのエスコートでタクシーへと乗り込んだ。
「もしかして…今日ここで食事するの?」
到着したのは、美玲の心を惹きつけたあの外観のレストラン『ジョエル・ロブション』。
「うん。美玲、覚えてた?来週、君は29歳になるんだよ」
「すっかり忘れてた…」
アルノーによれば、先日ガーデンプレイスへ行くことを渋ったのは、今夜のサプライズを控えていたからだという。
「ごめんごめん。恵比寿ガーデンプレイスで食事イコール『ジョエル・ロブション』だと思ってたんだ」
恥ずかしそうに告白するアルノーが、愛おしくてたまらない。
「そんなわけないでしょ!ガーデンプレイスにはたくさん楽しいところがあるよ。上空から街を見下ろせる素敵な場所もあるの。
…ねぇアルノー。私、ここ最近、寂しくて不安だった」
「美玲、本当にごめん。ここ数ヶ月大変そうで、僕もどう寄り添えばいいかわからなくて…。これからはちゃんと、なんでも言い合おう」
「うん。私ね、アルノーと肩を並べて歩きたいの。でも来日してから足を引っ張っている気がして…。明日からがんばって仕事して、友達も作って、自信をつけて、一緒に前を向けるようにする」
「明日からも毎日が楽しみだね。僕は美玲が隣にいるから、前へ進める。いつもありがとう」
「うん!あ、これからはたまには2人でレストランへディナーに行こうね」
美玲の誘いに満面の笑みで応えながらアルノーは美玲の手をとる。
新たな地での生活、お互いに必死なのだ。きっとこれからすれ違うこともあるだろう。
― それでも私は、アルノーの手を離さない。転びそうになったら、互いに支え合う。遠くを見ていても、声を掛け合って足並みを揃える。そうやって、一緒に前に進むんだ。
美玲はギュッとアルノーの手を握り返し、彼の青色の瞳を見つめてニコリとうなずく。
ふたりは肩を並べて、『ジョエル・ロブション』へと入っていった。
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日比谷の街で、アルノーが出会った日本人女性・直子と美玲が対面。この出来事で、直子の運命は大きく変わることに。
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この記事へのコメント
段階でよくビザ取れたなと。