2024.04.30
今日、私たちはあの街で Vol.11◆
「いってらっしゃい」
「いってきます。今夜は遅くなりそうだから、美玲は先に休んでね」
パタンと玄関ドアが閉まり、自然光に照らされたリビングが静寂に包まれる。
― また平日が来ちゃった。
週末に育んだあたたかで平和な心が、美玲の中でリセットされていく…。
日本への移住にあたり、アルノーに頼るのではなく自分の力で生活基盤を作ると決めた美玲は、来日後すぐに仕事探しを始めた。
ドイツ語、英語に堪能な美玲だが、日本語は勉強を始めたばかり。ドイツの出版社で長年勤めた経歴も、ここ日本で活かすことは難しい。
ただでさえ少ない募集の中、書類選考は通らない。面接は最終止まり…と、就職活動は難航中だ。
美玲には日本に友人と言える人物はおらず、平日はいつもひとり。対するアルノーは友人に囲まれ、仕事でもどんどん交友関係を広げていく。
― アルノーと心の距離を感じるわけじゃない。けど、差は開いていくように感じる…。
社交的でお酒も好きなアルノーは、居酒屋文化を気に入り積極的に予定を入れている。今夜も飲みに出かけるのだろう。
思えば日本に来てから、ふたりの食事はもっぱら自宅だ。
アルノーに誘われて飲み会に同行することはある。誘われれば楽しげに振る舞うが、結局はみんなアルノーの友達であり、美玲の孤立感は高まるばかりだった。
その週の金曜日、アルノーに誘われて飲み会に顔を出すと何やら盛り上がっている。
「アルノー。楽しそうだね!」
「あ、うん。なんでもないよ。こっちへおいで、美玲は何飲む?」
アルノーの態度が気になった美玲は、隣にいた女性に声をかける。
「何の話してたの?」
「アルノーが今日、親切な日本人に助けてもらったんだって!直子さんっていうらしいんだけど、それが綺麗な人で」
「え…」
美玲の目の色が変わり、アルノーは慌ててフォローを入れる。
「美玲、誤解しないで。彼女、ドイツ語が上手だったから話が弾んで…。連絡先は交換したけれど、何もないからね」
曇りのない瞳で断言するアルノーに、やましさは1ミリも感じない。しかし、美玲は良い気はしなかった。
「写真、見せて」
Facebookのアイコンを見せてもらうと、小さい写真ではあるものの、控えめで上品な雰囲気の漂う女性であることが遠目にもわかる。
「ふーん。…アルノーは、どんどん友達ができていいなぁ」
アルノーと日本人女性の出会い。
それを知った美玲の心に、やきもちのような感情が芽生えたのはもちろんのことだ。
しかし、それだけではない。
同時に湧き上がった感情は、彼の交友関係が広がっていくことへの、純粋な羨ましさだった。
◆
翌週、月曜日を迎えた美玲の気持ちは、いまだに晴れずにいた。
― めぼしい会社の面接も終わったし、何しよう…。
仕事は決まらないし、友人もいない。
恋人との間に広がる格差に、焦りの気持ちはある。でもそれ以上に、意のままにならないこの数ヶ月に美玲は疲れていた。
― こんな気持ちで、ひとり家にいるなんて耐えられない…!
思わず外に出ると、青い空から柔らかな日差しが降り注ぎ、おだやかな春風が美玲の頬を撫でる。
歩いているうちに気持ちが上向いてきたことを感じた美玲は、思いたって恵比寿方面へと向かった。
美玲が目指すのは、広尾の街からも見えるひときわ高い建物だ。
段階でよくビザ取れたなと。
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