2024.03.09
アオハルなんて甘すぎる Vol.7怒りを露わに語尾を崩した祥吾は、私が知らない祥吾だった。186cmの大輝くんが見下ろすと、いつも私が見上げていた祥吾の175cmも小さく見える。
「大した事ない人だな、ってことですよ。元カレさんのレベルは良くて並?外見、雰囲気、その他もろもろ、ごくごくフツーって感じなのに、自分は人よりイケてるとか、特別な存在だと思ってるっぽいところがイタい」
祥吾は大輝くんを睨みつけているのに何も言わない。雄弁が売りで、営業部の期待を一身に背負ったエースが言葉を失うなんて。
いや、何も言わないというより、言えないのかもしれない。映画なら主役、アイドルグループなら絶対的センターなルックスで圧をかける大輝くんに、見下ろされ、ずいっと顔を近づけられたら…。
「≪宝とデートとかありえない≫って言う発想もくだらなすぎて。元カレさん、とりあえず宝ちゃんの人生から即刻退場でお願いします」
黙ったままの祥吾から私に視線を戻し、宝ちゃん行こう、と言った大輝くんの表情は、ふにゃっとしたいつもの笑顔に戻っていた。
私のために、大輝くんがわざと強い言葉を選んでくれたのは分かっている。でも…すっきりした…というよりは、その場で動かない祥吾のダメージが気になってしまうのはなぜなのか。複雑な思いを抱えながら、私は大輝くんに手を引かれるままに歩きだした。
◆
「…ごめん、宝ちゃんオレのこと怖かった?」
大輝くんがそう言ったのは、会社から少し離れた場所で捕まえたタクシーの中。怖かったというより驚いたと私が答えると、雄大さんにもときどき怒られるんだよなぁ、と反省した口調になった。
大輝くんは私が祥吾の腕を振り払っているのを見て、元カレだろうと想像したのだという。
「宝ちゃんってあんまり人に強く出られそうにないのにさ。結構な勢いで手を振り払ってたから、あれが噂の元カレくんだろうなって。気合入りすぎちゃってホントごめん。
オレ、宝ちゃんの元カレみたいな人みると、どんどん冷めてくんだよね。簡単に自信満々になる人?自信があるだけなら別にいいんだけど、それを人と比べて優位に立ちたがる人。簡単に自分が人より優れてるって思える気が知れない」
「……大輝くんは?自分が人より優れてるって思ったりしないってこと?」
むしろ圧倒的な自信しかない人だと思っていたけど、と聞いた私に大輝くんは、うーん、オレも全く自信がないかというと、それは違うんだけどさ、と言って続けた。
「オレが宝ちゃんと仲良くなれるなって本気で思ったのってパリで宝ちゃんが、つまらない自分を変えたい、って言った時だったんだよね。
自分の意見より相手の気持ちが大切な時も多くて、相手に合わせてしまう性分で…って、宝ちゃん言ったでしょ?それ、俺も同じ。オレもそうだから」
そのことと、今の自信の話がどうつながるのかと次の言葉を待っていたけれど、大輝くんはもう何も言わず、携帯に目を落とした。そしてしばらくすると、運転手さんに行き先を変えたいんですけど、と言い、信号が止まった時に住所を伝え始めた。
「西麻布にいくんじゃないの?」
宝ちゃん明日も仕事だし、この後のデートは西麻布で、と言っていたはずだけど。
「西麻布方向なんだけど、ちょっとプランを変更しようかなって。なんかしんみりしちゃったから、2人きりのデートはまた今度」
「…え?」
「友達がパーティやってるっぽいから、そっちに合流します」
「……パーティ!?い、いや、困るよ」
「年下の男の子たちにちやほやしてもらう日にしようよ」
「…もっと困るよ!」
「宝ちゃんって野球選手が好きなんだよね…ちょっと聞いてみるね」
「…野球選手?…え?大輝くんそれどこで知った?」
焦る私の質問を、大輝くんはいたずらっぽく笑ってかわし、今日のメンバーどんな感じ?などと電話で話し始めた。おそらくパーティは既に始まっているのか、電話の向こうから漏れてくる音が賑やかで騒がしい。
「ちょっと年上のお姉さん連れてくから。うん、オレの大事な人」
― いやいや、大輝くん、それ誤解されちゃうやつ…!
私はキョウコさんじゃないよ!年上のお姉さんの色気を期待されても困る!と焦る私と、それを面白がる大輝くんを乗せたタクシーが、六本木交差点を渋谷方向に曲がり、西麻布の交差点を右、青山方面に走り…路地裏に入ると目的地についた。
そこはコンクリートの高い壁に囲まれたビル…というよりは要塞…は言い過ぎにしても、大きな一戸建てのような建物だった。
「呪いを解くために、頑張ってみない?…オレと一緒に」
コンクリートの壁にはめ込まれた鉄ドアの横にあるインターフォンを押した後、大輝くんはそう言った。え?と聞き返した瞬間、ドアが開き、大輝くんに手を引かれて恐る恐る中に入る。
― 呪いを解く。
大輝くんのその言葉の意味を…私はこの夜、とても切ない出来事と共に…知ることになる。
▶前回:「今夜、食事しない?」浮気した同僚男性からの誘い。27歳女の心は揺れたが…
▶1話目はこちら:27歳の総合職女子。武蔵小金井から、港区西麻布に引っ越した理由とは…
※『アオハルなんて甘すぎる』を楽しみにしてくださっている読者の皆さま、いつもご愛読ありがとうございます。来週はお休みをいただきます。次回は3月23日土曜日更新予定です。
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