2024.02.24
アオハルなんて甘すぎる Vol.5「そう、ワーキング・ホリデービザの期限は1年だし、一生に一度しか発行してもらえない。だから1年後に、就労ビザ…つまり、労働許可証を取得させてもらえないと、その後フランスでは働けない、っていう期限があった」
労働許可証を申請するのは、雇用主。つまり伊東さんの場合、レストランだ。しかも申請には金がかかる。レストランのオーナーが伊東さんのことを、その金を支払う価値があるスタッフだと思わなければ、ビザを申請してもらえるわけがない。
「オレのことを、労働許可証を取る価値があるスタッフだと思ってもらうためには、どうするべきなのか。そこでオレは、自分を抑えることを覚えたんだ。日本では全くできなかったのにね。タイムリミットもあったし…日本にも戻れないってわかってたから」
伊東さんは、指示に対して、全く文句を言わなくなった。与えられた仕事を真面目に丁寧にこなしていく。そして寝る間を惜しんでフランス語の勉強もした。そうしているうちに、伊東さんは、なぜ自分があんなに吠え続けてきたのか、それが愚かに思えてきたという。
「日本にいる時より、断然意見を聞いてもらえるようになったんだよ。自分から主張しなくても、トモはどう思う?トモはどっちのソースがいいと思う?とかね。そのうちに料理を任されるようになったし」
そして、ワーキング・ホリデーの期間が終わるタイミングで、レストランのオーナーが、伊東さんのビザ申請をしてくれて、それが受理された。
「本当にありがたくて感謝しかなかったけれど…。そう平穏に事はすすまなかったというか。オレが、運命を変える出会いをしちゃってさ」
「運命、ですか?」
私の問いに、今思い出しても震えが蘇るんだ、と答えた伊東さんの《運命》は…ある料理との出会いだった。
それは、パリの3つ星レストランでの一皿。伊東さんは休みの日に食べたその一皿に衝撃を受けた。それを創ったのは、世界中に名の知れたフランス料理界のスターシェフだった。
「黒トリュフと、パルミジャーノチーズ、そしてジャガイモ、というフレンチではごく普通の食材を使った一皿だったんだけどね。それが本当に、本当に素晴らしくて。食材の味が生きているのに、作り手の個性も強くて、食べたことがない。本当に唯一無二の味がした。
この一皿との出会いが、オレに人生の目標をはっきりさせた、っていうのかな。たった20cmくらいの丸い皿が俺の人生を決めちゃったんだよね」
このレストランで働きたい。このシェフの元で学びたい。でもビザを発給してもらったばかりで、店を移りたいなんてとても言えない。
「ずっと、言い出せずにいたんだけど、ある時、ビザを出してくれた店のオーナーと話しをしていて。最近食べた料理で何が一番おいしかった?という話になったんだよ。その時、その一皿の話をしてしまった。そしたらオーナーに言われたんだ。もしかして、トモは、あのシェフの元で働きたいのか?と」
言葉を失くした伊東さんに、思いもよらぬ提案をしてくれたのだという。
「うちの店でビザと給料を出し続けるから、トモが、あの店で研究生として働けるように、交渉してあげるよ、って。給料はいらないといえば、向こうにもメリットがあるから雇いやすくなるだろ、って。もう、なんというか…オレ、号泣。こんな天使みたいな人達がいるんだ、ってもう、涙止まらなくなってさ」
そしてその言葉通り、オーナーは、その3つ星レストランのシェフに連絡を取り、交渉してくれた。
先方にとっても、自分のレストランでビザを出さずに済むのは、経費の面でメリットがある。こうして、伊東さんは、3つ星レストランには給料をもらわない研修生として入り、ビザと給料は元の店が出してくれる、という環境で働けるようになったのだ。
「なんで、ここまでよくしてくれるんだ、ってオーナーに聞いたら、トモには才能があると思うからだよ、って。才能に出会ったと思ったら、その才能がつぶれないように、適した場所で適した人に伸ばしてもらえるようにするのが、その力がある者たちの務めだ、って。
自分の店だけよければいい、という考え方だと、この業界は衰退してしまうし、優秀な才能がどんどん消えて行ってしまう、って。オレ、また号泣。…え、ちょっと待って、なんで宝ちゃんが泣いてるの!?」
「…なんか…めちゃくちゃいい話だから…」
私は涙もろくはない。だから泣いてしまったことに自分でも驚いている。さっきから飲み続けているシャンパーニュのせいで、少々酔いがまわり、涙腺が弱くなってるのかもしれない。でも。
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