「ちょっと、林くん!大丈夫?」
「み、三橋さん。すみません、僕1人だと思っていたからビックリしてしまって」
三橋さんの視線が、僕を通り越してデスクトップに向かっている。
「やり残した仕事があって、ご飯食べて戻ってきたの。あー、それメグさんの原稿ね」
「はい、ついさっき納品されたので読ませてもらってました」
「ふ~ん…?」
冷静なふりをしたつもりだけれど、もしかしたら声が上ずっていたのかもしれない。それをごまかすように、続ける。
「そもそも“そういうとこ”って、芸人さんのエピソードからきてるんですよね」
「そうだっけ?」
「結構前なんですけど、すべらない話でキム兄さんが話してました。何度も失敗を繰り返す相手に、“そういうとこやぞ”って諭すオチなんです」
「へぇ~林くん、お笑い好きなんだっけ?詳しいね」
― ヤバい、饒舌になりすぎた…。
僕が黙っていると、彼女は少し考えごとをしてからゆっくり口を開いた。
「じゃあ、恋愛で相手に“そういうとこだよ”って伝えるときは、何か直してほしいことを我慢してるサイン…ってことか」
「でも…。言いたいことがあるなら、ハッキリ伝えてくれたほうが、話し合いができてよくないですか?」
「ハッキリ言わないことにも、理由があるんじゃない?」
そのときパッと頭に浮かんだのは、少し寂しそうに「そういうとこだよ!」と言ってきた元カノ・香澄の顔。
― 僕は彼女に何を我慢させていたのだろうか。
同じ大学のサッカーサークルで知り合った香澄とは、僕が4年生のときから5年間付き合ってきた。言いたいことは言い合える関係だったと思う。それなのに、あえて別れの理由を言わなかったのなら、どうしてだろう。
「もし、僕から聞いていたら…」
「えっ?」
僕は、これまでの失恋の経緯を三橋さんにすっかり話していた。
「実は…その彼女と、今週の日曜日に会うかもしれません。大学時代の友達の結婚式があるんです」
「なら、聞いてみたら?“そういうとこ”って何だったのって。ずっと気になってたんでしょ」
― そうは言ってもなぁ。
香澄と別れてから、もう7年も経つ。今さら、別れの理由を聞いたら、引かれるに決まっている。
だけど、僕に我慢ならないほどの直すべきところがあったのなら、それは知っておくべきだと思うし、機会があったらちゃんと謝りたい。
― 言いにくいことって…まさか体臭とかじゃないよな?いや、それは大丈夫だろう。
◆
友人・蒼汰の結婚式当日。
いつもの倍近く時間をかけて身だしなみを整えた僕は、式場のある表参道へと向かった。
彼女は、参列しているだろうか…?
▶他にも:「食の好みが合わない」と彼女をフッた男。数年後に彼女の今を知り、猛烈に後悔したワケ
▶NEXT:3月11日 月曜更新予定
1人目の“そういうとこだよ!”の元カノ・香澄とは、再会できるのか?
この記事へのコメント
とりあえず以前の辛気臭い昭和の家売る話よりは期待できそうな連載! 今のところは。
軽快でテンポがいいし、なんか主人公がいいヤツっぽい。次回が楽しみ!