2024.03.04
「そういうとこ」で振られる男 Vol.1僕は早稲田大学時代から、神保町の古書店によく足を運んでいた。
そして神保町にある大手出版社に就職し、編集者として勤めて12年。
最初の配属は、小学生向けの雑誌だった。当時の自分は、知育付録の企画や試作に夢中になりすぎて、いつも目がバッキバキだったと記憶している。
「せっかくの横浜流星似イケメンが台なしだな」と、編集長によくからかわれていた。
― 横浜流星…くんって、まだ10代じゃないか!似てないと思うけれど…。
それから、アウトドア雑誌に携わること6年。クライミングに興味を持ち、ボルダリングジムに入会。上級者レベルのコースを登れるまでになった。
そんな経歴の僕が、どういうわけか3ヶ月前から、人気女性誌のWeb媒体で編集者をしている。
畑違いにも程がある部署異動。副編集長の三橋さんから直々に指名されたのだった。
去年の11月ごろ、三橋さんは突然言った。
「私、3月から産休と育休に入るのね。だから、林くんに副編集長を引き継いでもらいたいんだけど、どう?」
「…僕、ですか?」
三橋さんは、小学生向け雑誌の編集部時代にお世話になった先輩。僕が異動になったあと、彼女もまた文芸誌で経験を積み、3年前に今のファッション誌に異動になった。
「女性ファッション誌…ってことですよね。逆にご迷惑をおかけすることになると思いますよ」
「大丈夫!ファッション誌っていっても、Webコラムの配信がメインだから。編集長は私が一番信頼してる先輩だし、引き継ぎ期間が終わってからもサポートするから安心して」
突然の申し出に返答できずにいると、キラーワードが飛んできた。
「昔からよく知ってる林くんだからこそ、ぜひお願いしたいんだけどな」
「…いや。ほかにもっと適任な方がいますって」
「もしほかの人に任せることになったら、私、産後1ヶ月で職場復帰しちゃうよ?」
「そんな、無理しないでください!本当にもう…」
戸惑う僕に、彼女は最新号の雑誌を手渡してきた。表紙では、ドラマでも見たことがあるモデルが、キラキラしたニットを着て微笑んでいる。このニットは、ファッション用語では何か名前が付いているのだろうか。
「じゃあ、読んでおいてね。来月からお願いね」
「え?あ、来月っ!?」
こんなふうにして、何もわからないまま飛び込んだ、ファッション誌のWeb媒体。気がつけば副編集長になって、あっという間に3ヶ月近くが過ぎていた。
1人残っていた夜の編集部。
ふと目にした原稿のタイトルに、僕は身震いする。
カレーを食べようと思っていた気分は吹き飛び、体が芯から冷えていくのを感じる。
『“そういうとこ”って思われちゃうかも?男女共通、好きな相手にやってはいけないこと5選』
― これって、僕がさんざん言われてきた言葉じゃないか。
「そういうとこ」と言い残して、僕のもとから去って行った女性が、3人もいるのだ。
時には怒りをにじませ、時には詰問するかのように、そして時にはため息交じりで。三者三様に、彼女たちは同じセリフを僕に言い捨てた。
今思うに、間接的なダメ出しなのだろう。
「そういうところが良くないよ」という言葉の短縮形で、「自分で察しようよ」とか「空気を読もうよ」という意味が隠されている。
― だけどさ。
「そういうとこって。それだけじゃ…どういうとこかわからないよ」
僕はポツリとつぶやき、記事に答えを求めるかのようにタイトルをクリックした。
1.「だから言ったのに」と、相手の行動にダメ出しをする
― なるほど、これはやってない。
安堵したのも、つかの間。
「あれ、林くん?」
突然、背後から声をかけられた。
僕は「ヒャッ!」と情けない声を上げて、体をビクつかせる。
振り向くと、そこにいたのは…。
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