ひとりで住む家、ふたりで棲む家 Vol.1

ひとりで住む家、ふたりで棲む家:「一生独身だし」36歳女が7,000万の家を買ったら…



― 天気もいいし、芝公園まで散歩しようかな。

朝食を済ませると、私はふらっと外に出た。

緑に触れたければ芝公園、水に癒やされたければ浜離宮や竹芝まですぐ歩けるから、この立地は本当に便利だ。

不意に、スマホが鳴る。ミズホからのLINEだった。

『今日の夜、友達も誘ってもいいかな?この前紹介した沙織が、友達2人連れてきたいって!』

『了解、楽しみ!』

ミズホとは時々食事をする仲だが、彼女は同年代の飲み友達が多く、たまにこうして友達を紹介してくれる。


― 30代前半ごろまでは、会ったばかりの人より、昔からの友人と食事するほうが楽しいと思ってたけど…。

35歳を超え、心境が随分変わった。

大学時代の友人は大体結婚・出産しており、土曜の夜に声をかけづらい。中高は共立女子に通ったが、その頃の同級生は2人目、3人目を抱えて、てんやわんやという子ばかり。

運よく予定が合ったとしても、独身の自分と子持ちの友人とでは、置かれている環境が全く違う。気軽に放ったどんな一言が相手の気持ちを傷つけるかわからないので、話題はもちろんのこと、相づちや言葉の選び方にも注意が必要だ。

― だから結局、昔話ばかりになるんだよな。

それに比べ、ミズホが連れてくる友達は大体が独身またはDINKS。業種はさまざまだが第一線で仕事に励む人たちだ。

そして不思議と、生まれ育った環境や学歴が近い人が集まる。

ゆるやかな同質性の中で、気楽に、かといって20代の時と違って無茶なはしゃぎ方をするわけでもなく、互いをリスペクトしながら楽しく会話ができる。

― 人生で、今がいちばん楽しいかも。

ミズホが送ってきた虎ノ門のレストランのリンクを確認すると、スマホをバッグにしまう。ディナーのために、ランチは軽くしておこうかな――なんて考えながら。


ミズホが選んだ場所は、この秋オープンした虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの45階に鎮座する『TOKYO NODE DINING』。開店したてのぱりっとした雰囲気と、東京タワーを臨む美しい夜景に思わずテンションが上がる。

虎ノ門ヒルズは自宅から自転車で行けるし、新しいスポットが増えているので、浜松町に引っ越してきてからよく来るようになった。

「それでは、乾杯!」

シャンパングラスを合わせると、集まった5人は簡単に自己紹介をしあう。ミズホの友人・沙織さんには何度か会っているが、彼女が連れてきた男性2人は初めましてだ。

「雄介です。Webデザイナーしてます。会社に所属してるけど、個人で副業もしていて、今は6:4くらいの割合かな」

フォーナインズの眼鏡を持ち上げながらそう語る雄介は40歳。背はそれほど高くないが、がっしりとした体つきで、年齢よりも若く見える。大学時代はラグビー部に所属しており、今でもそこそこに運動を続けているらしい。

そして、話しているうちに住まいが近いことが判明した。

「真弓さん、浜松町に住んでるの?駅のどっち側?」

「大門の方だよ」

「そうなんだ。俺、いま日の出に住んでてさ。あの辺、駅の周りが再開発でキレイになってきて色々楽しみだよね。田町もどんどん新しいビル建ってるし」

じゃあ浜松町と日の出の間を取って、明日竹芝でお茶でもする?――なんて冗談でローカルトークしていたら、解散した後に本当に連絡がきたので驚いた。

『明日だけど、ウォーターズ竹芝のあたりを散歩しようよ』



この日を境に、雄介とはよく会うようになった。

彼は40歳のバツイチで、30歳の時に1年だけ結婚していたという。しかし性格の不一致で別れてしまい、その後は転職や自分で会社を起こすなど、仕事に没頭していたせいで、結婚に至るまでの女性には出会わなかったそうだ。

「真弓さんと一緒にいると、なんか落ち着くなぁ」

ファミリーも多い竹芝エリアは、夜というよりも昼の街だ。だから雄介とはもっぱら、明るい時間に会っていた。ウォーターズ竹芝内のカフェでモーニングしたり、ブルーボトルコーヒーで世間話に花を咲かせたり。

何度か会ううちに、彼の人柄にだんだんと惹かれている自分がいた。

― なんだか久しぶりに、ちょっといい感じ?

でも、恋愛の仕方なんて忘れてしまっているし、今の関係を続けるほうが心地よい気もする。

婚約破棄を経験した38歳。自分から動こうだなんて、どうしても思えない。

そんなある日。

『今週末さ、ランチしようって言ってたけど、もし真弓さんが大丈夫だったら夜でもいい?このお店の予約が取れそうなんだ』

― あれ?この店って…。

送られてきたリンクは、いつものモーニングやランチをするようなカフェではなく、銀座の格式高いフレンチだった。

『いいよ、予約ありがとう』

返事をしながら、私は、今夜何かが起こることを期待していた。

今の関係のままが心地よい、と思っていたはずなのに――。


▶他にも:彼の誕生日に贈ったプレゼントが喧嘩の引き金に…。デート中、急に雰囲気が悪くなったワケ

▶Next:11月27日 月曜更新予定
雄介からの誘いに揺れる真弓。ディナーの行方は…?

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この記事へのコメント

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No Name
不動産系の連載だと、この場所でこの値段は高過ぎ/安過ぎ、その平米と間取りじゃ狭過ぎ等々、重箱の隅....的なクレームコメントが多くなるんだよね🤭
2023/11/20 05:2527返信6件
No Name
雄介さんとトントン拍子で上手くいき結婚する事になって、結局大門のマンションだと狭いしどうしようってなる展開でしょうかね。
2023/11/20 05:2925
No Name
まだ「ふーん」という感想しか出てこなかったけど、これから面白くなっていけばいいなと。
2023/11/20 05:2021返信1件
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