そもそもよく考えてみれば、銀行の支店の一般職という今の仕事には、特別な思い入れややりがいを感じているわけでもなかったのだ。
瞬がいたから続けていたようなもの。いつかは彼と結婚して、子どもができたら退社して…と考えていた。
今、目の前で由梨が受けている祝福を、自分が受けるはずだったから続けていただけ。
元カレとその結婚相手の幸せを見せつけられながら、自己嫌悪に苛まれ続ける仕事なら、続ける理由はどこにもない。
― 今すぐ、この職場から逃げ出したい。新しい自分に生まれ変わりたい…。
そう強く願ってみるものの今の優希には、そんなに早く自分を変える方法など、ひとつも思いつかなかった。
◆
悪夢のような朝礼から1週間経っても、優希の心の傷は癒えるどころか深まる一方だった。
「はぁ、本当につらい…。こんなときは友達に会って憂さ晴らしでもしないと、やってられないよ」
職場から程近いカフェで、アイスコーヒーを一口飲みながら優希はつぶやく。
短い昼休みを利用してランチの約束を取り付けたのは、大学時代からの友人・紗奈だ。会うのは2、3ヶ月ぶりになるだろうか。
大学職員というきっちりとした環境で働く紗奈とは、優希の銀行と同じくお堅い職場の悩みで共通することも多い。こうして定期的に短いランチを設定しては、2人で仕事や恋愛の相談をし合う関係が続いている。
けれど、久しぶりに優希の前に姿を見せた紗奈の様子は──まるで別人のように印象が違っていた。
「優希、お待たせっ」
ハイウエストのジーンズに、明るい色のタイトなトップス。大ぶりのアクセサリーに、明るい髪色。
地味めなオフィスカジュアルを強いられていたはずの紗奈は、びっくりするほどあか抜けて可愛くなっている。
「え…、紗奈!?どうしたの?その格好。職場は平気なの?」
驚く優希に、紗奈はハッと気がついて答える。
「そっか、言ってなかったっけ!私先月転職して、Webデザイナーとして働いているの。今はファッションECサイトの運営を任されてるんだ。
仕事はやりがいもあるし、服装や時間の縛りもなくなって、すごく働きやすいよ。今日みたいなランチもゆっくりできるし」
そう言って紗奈は、ロエベの大きなトートバッグからMacBookを取り出す。
そして、手馴れた様子でブラウザを立ち上げると、優希に向かってずい、と画面を差し出してきた。
紗奈が見せてきたのは、優希でも知っている有名なファッションECサイトだった。
見やすいことはもちろん、色使いやフォントなどのセンスもいい。デザインも優れていてユーザーが利用しやすいうえに、アニメーションまで使われていてブランドの世界観がよく表現されている。
「ほら。このページとか、私が運用してるの。可愛いでしょ?」
「これを、紗奈が?」
瞬の結婚で傷つき、仕事にやりがいも感じられない。似たような環境でくすぶっている紗奈と傷を舐め合うつもりでいた優希は、途端に自分が恥ずかしくなった。
「紗奈はすごいなぁ。私なんて…」
どうにかテンションを上げようとするが、うまく笑うことができない。
そんな優希の様子にすぐに気づいた紗奈は、心配そうにそっと優希に寄り添う。
「優希、どうしたの?何か悩みがあるんじゃないの?」
優しい紗奈の言葉に、気がつけば優希の目からは、つかえが取れたようにポロポロと涙がこぼれるのだった。