SPECIAL TALK Vol.102

~世界最高峰をこの目で見た経験を生かし、人が集まるいい環境を作りたい~


秀才に囲まれたからこそ、「生物」という道を選んだ


金丸:西田さんはお生まれも神戸市だそうですね。私も神戸大学に通い、大学近くの阪急電鉄六甲駅近くに住んでいました。

西田:そうなんですね。神戸大学の本部は灘区にありますが、私は神戸の西の端、西区に実家がありました。

金丸:子どもの頃はどんなお子さんでしたか?遊び回っていたとか、読書が好きだったとか?

西田:外で遊ぶのが好きでしたね。毎日、近くの野山を駆け回っていました。一方で、本を読むのがすごく苦手で。

金丸:意外ですね。スポーツやクラブはいかがでしたか?

西田:野球を少しやりましたが、全然うまくなくて。練習もあまり好きになれませんでした。

金丸:植物とか昆虫とか、今につながるような趣味は当時からありましたか?

西田:虫がすごく好きでしたね。一番好きなのはカマキリです。

金丸:カマキリは私も好きでした。カマキリって、メスがオスを食べるじゃないですか。それを見てみたいという好奇心もあって。

西田:ああ。食べられそうになっても、オスは全然抵抗しないですよね。あれは不思議です。

金丸:読書が苦手ということですが、ご経歴から考えると成績は良かったんですよね。結構、勉強されたんですか?

西田:たしか小学4年生から塾に通っていました。関西だと、浜学園という塾が一番有名なんですが、私はそこではなく地元の塾に行っていました。

金丸:小学校卒業後は、どちらに?

西田:灘中学校・高等学校に。

金丸:全国でもトップクラスの進学校じゃないですか。灘中って1学年何人くらいいるのですか?

西田:200人くらいですね。みんな勉強はできるんですが、勉強ばかりというわけではなく、自由な校風で、割ととんがった子が多いんですよ。

金丸:その中で、西田さんはどんなポジションだったのですか?

西田:どちらかというと劣等生でした。テストの成績は120〜130番くらいをうろうろしていた記憶があります。ただ、勘がいいのか、大学受験の頃になると成績が上がってきて。

金丸:高校で理系を選択したのは何か理由が?

西田:自分が理屈っぽいからですかね。まあ、文系・理系という分け方も、よくわからないですけど。経済学なんて内容から考えると完全に理系だと思いますが、日本では文系に分類されているし。

金丸:そのあたり、日本は珍しい国ですよね。今は生物を専門にされていますが、中高の頃からこの道でいこうと決めていたんですか?

西田:結果的に生物の研究者になりましたが、その頃はどんな人生を進んでいくかなんて、ほとんど考えていませんでした。ただ、漠然と生物の分野は好きだったし、中高の同級生に優秀な人が多かったというのも理由のひとつなんです。「同じ高校にこんなにすごいやつらがいるのに、大学に行ったらどうなるんだろう」って。数学や物理では、絶対に勝てない。

金丸:だから、勝てそうなところを選んだ。そういう思考って大事です。

西田:それに、高校の担任が生物の先生だったんですが、「これからコンピュータの時代が来るけど、君たちが大人になる頃にはかなり成熟しているだろうから、『その次』を考えたほうがいいかもしれない」と。

金丸:さすが灘の先生。予想がちゃんと当たってますね。

西田:そして、「もしかしたら『その次』はバイオかもしれない」とも。

金丸:先生のひと言が生徒に与える影響って、やっぱり大きいですね。

西田:その後も自分が勝負したい分野、自分が一番得意な分野をたどっていった結果、東京大学、ハーバード大学を経てこうなったという感じです。

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