「私たち付き合って1年が経ったけど、雄大の癖がどうしても気になるの?」
「俺の癖?」
「雄大はウソはつかないけど“黙っている事実”が多いと思う」
雄大は、同僚や友人のことを「先輩」「後輩」「大学の友達」などと表現し、名前は言わない。
愛菜は今まで、それら全員を“男”だと思い込んできた。
でも、もしかすると…いや、今回のことを踏まえたらきっと、その中には「女の後輩」や「大学時代の女友達」もいただろう。
愛菜のモヤモヤは加速する。
ほかにも雄大は、仕事についてもほとんど話さない。インテリア会社に勤めていることは知っているが、その仕事内容が何なのか、愛菜は知らない。
内勤なのか営業なのか、それともデザインなどやっているのか、判然としていない。
年収だって知らない。
過去に他の女性と付き合ったことは当然あるとは思うが、それが何人だったのか、前カノとはいつ別れたのか、何も知らない。
何度か聞いたが、そのつど、はぐらかされた。
今となっては雄大の自宅マンションの合鍵を渡されているが、思い返せば、付き合った当初は雄大がどこに住んでいるのかも知らなかった。
「雄大は秘密主義だと思う」
愛菜がそう言うと、雄大は不貞腐れたような顔になった。
― マズい。ケンカになる。
愛菜は直感した。でも引き返せない。
「私は好きな人のことをちゃんと知りたいの。それっておかしいこと?」
「僕は、おかしいと思うよ」
すがるように同意を求めた愛菜を、雄大はばっさり切り捨てた。
「男女は余計なことを言わないほうが長続きするんだ」
愛菜はショックだった。
― ふたりきりでゴハンする幼馴染みの性別を言うことが、余計なことだって?
もう話すことはないと愛菜は思った。
今後も、雄大はウソはつかなくても、すべてを伝えてはくれないだろう。
おそらく、愛菜が問い詰める機会が増えていく。
それが容易に想像できた。
きっと、すぐ口喧嘩になる。言い合いは子どもじみていて嫌いだった。
だからこそ愛菜は、年上の大人びた男とばかり付き合ってきたのだ。
― 結局、雄大は同世代の男と変わらなかったんだ…。
恋の魔法が解けた瞬間だった。冷めてしまえば、もう元には戻らない。
◆
話し合いから1週間後、愛菜は雄大に別れを告げた。
雄大は、フラれるとは思っていなかったのだろう。
復縁を求めるLINEが鳴りやまなかった。
『雄大:俺が悪かったよ。これからは全部正直に話すことにするから、やり直してほしい』
愛菜は返信しなかった。
雄大からのLINEはしばらく続いたが、1ヶ月も経つと諦めたらしく、音信不通となった。
◆
雄大からLINEが来なくなって4ヶ月後。
桜が開花し始めたころ、愛菜が職場の秘書仲間の送別会をするため店に向かっていると、対面から雄大が歩いてきた。
偶然の再会だった。雄大の隣には、女性がいる。
咄嗟に愛菜は目をそらした。
しかし雄大は「愛菜!」と声をかけてきた。
雄大の隣の女性も、秘書仲間も怪訝そうな顔をする。
「ひさしぶり。元気にしてた?」
たった4ヶ月じゃ何も変わらない。愛菜はそう言いたかったが、口が回らなかった。
「俺、今この人と付き合ってるんだ。西崎江梨香さん」
雄大は隣にいた女性を紹介したあと、“江梨香さん”にもこう告げる。
「この人は前嶋愛菜さん。俺の元カノ」
“江梨香さん”は一瞬だけ驚いたような顔をするが、すぐに頭を下げた。愛菜は、その表情を確認することはできなかった。
「はじめまして」
愛菜は反射的に「はじめまして」と返す。
自分がどんな表情をしているか想像もできなかったし、周りに見られたくもなかった。
「俺、あのあとちゃんと反省して、これからは彼女には何でも話すことに決めたんだ」
雄大はそんなことを言ったような気がするが、愛菜の記憶はあいまいだ。
ただ、別れてから4ヶ月経ったのに、変わっていないのは自分だけということはよくわかった。
雄大はちゃんと変わっていた。
新しい恋もしていた。
愛菜は恋をしていない。なんなら誰ともデートしていない。
はたして雄大と別れて正解だったのか。
答えが出ないまま愛菜は、送別会へ向かうしかなかった。
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▶Next:4月13日 木曜更新予定
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