2022.12.16
もう片隅で、凍えないよう Vol.1箱の中から現れたのは、両手で抱えるほど大きなしずく型のクリスマス・オーナメント。ガラスにゴールドのラメが、絶妙に輝いている。
「わあ、すっごくキレイ…うれしい」
― 正介が無事に帰ってきただけで、十分うれしいのに。
オーナメントを見つめながら、幸せでため息がでる。
「ツリーに飾っておいで。じゃ、シャワーあびてくる」
「うん」
窓際に置かれた、背の高いクリスマスツリーを見やる。クリスマスまで、あと1ヶ月だ。
「楽しみだな…。あ、やばい〆切が」
希依は、オーナメントをテーブルに置き、慌ただしくMacBookの前に座ると、仕事に意識を戻した。
「“忘れられない冬”だよね…」
人気女性誌のWEBページに『私の、忘れられない冬』というエッセイを書いてほしいと、依頼が来ていたのだ。あさってまでに、原稿を出さなくてはいけない。
書く内容はおおむね決まっていた。「忘れられない冬」といえば、たったひとつのことしか思い浮かべられないからだ。
― 想太…。
頭にあるのは、想太との、あの冬のエピソード。
― でも、元カレの話をエッセイに書くなんて、正介は嫌がるだろうか。
「どうせ見ないから大丈夫よね」と独りごちる。正介は、希依のエッセイに興味を示さない。過去にエッセイについてコメントをもらったことは、一度もなかった。
「よし」
記憶を詳しく呼びおこそうとしたそのとき、胸がギュッと締まった。
― ああ。もう4年も経つのに。
未だに胸がギュッとなるのは、別に未練のせいではない。ただ、苦い思い出だからだ。
希依は言い訳をしながら、細い指で、文字を打ち始める―。
◆◆◆◆◆◆
2018年のクリスマス・イブ。
マライア・キャリーの『All I Want for Christmas Is You』が流れる渋谷ヒカリエで、私は泣きながらチキンを買いました。
笑顔を浮かべた人で溢れかえるデパ地下。買ったばかりの、紙袋越しにあたたかなチキン。でも、私の身体だけが、いつまでもしんと冷え切っていました。
『明日は、11時に恵比寿でいいよね?有休とれた?大丈夫そう?』
23日の日曜夕方、彼に送ったのが、このLINE。
翌朝になっても既読すらつかないので、嫌な予感はしていたけれど、交際3年目の彼は、待ち合わせにやって来ませんでした。
JR改札口の前で、待ちぼうけ。身体がどんどん重くなっていって、そのうちに、ランチタイムを迎えたサラリーマンの姿が見え始めて。もう彼は来ないのだなと悟った私は、当時三軒茶屋にあった自宅に引き返すことにしました。
乗り換え途中でわざわざ渋谷に降りてヒカリエに来たのは、自分があまりにも不憫だったからです。
勤めていた出版社の編集長に無理を言い、せっかく取ったイブの有休。彼にすっぽかされても、ひとりで家でチキンくらい食べよう。そうしないと、あまりに悲しすぎると思ったからです。
…というのは言い訳で、私はどこかで、今夜彼が部屋に来るかもしれないと期待をしていました。だから、紙袋には2人分のチキンが入っていました。
諦めきれない気持ちとチキンを抱え、ヒカリエのお手洗いに寄って涙をぬぐいました。
崩れたメイクと赤い鼻。顔はもう台無し。
ですが、お手洗いの出口にある全身鏡に映る私は、顔以外、悲しいほどに完璧でした。
冬のボーナスで買った、Chloéの真新しいバッグ。恵比寿の美容院でセットしてもらったばかりの、ふんわりとした巻き髪。そんな自分がいたたまれず目をそらしたとき、なんと彼からLINEが来たのです。
『ごめん、今起きた』
あ、有休は取ってくれてたんだ。意外に思いました。
『希依、まだ恵比寿にいる?いく』
私はすぐに「渋谷にいる」と返信。鏡台に引き返し、メイクを直しました。
涙はひいて、笑みさえ戻ってきて。ああ、彼との3回目のクリスマスを、また平和に過ごせる。「このチキンどうしよう」と、いやに明るい気持ちで思ったのを覚えています。
渋谷駅前のタクシー乗り場で、私は彼に駆け寄り、笑いながら言いました。
「会えないと思って、チキン買っちゃった。でも、どっか食べにいくよね?イブだもんね?」
そのとき、彼は「あ、そっか」と言ってうつむきます。
「今日、クリスマスか」
「…忘れてたの?有休まで取ってくれたのに、どういうこと?」
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