SPECIAL TALK Vol.97

~メディアとしてではなく一職人として。伝統工芸の魅力を新しい立場から発信したい~


アナウンサーを退職し「自ら発信する職人」を目指す


金丸:子どもの頃から夢だったアナウンサーになったのに、職人の道に入るのに迷いはなかったんですか?

梶浦:まず、いきなり仕事を辞めたわけではないんです。最初のうちは休日に通って、根付づくりを教えてもらっていました。

金丸:いきなり飛び込むのは、さすがにリスクが大きすぎますからね。ただ、マスメディアという立場で関わり続けるという選択肢もあったんじゃないかと。

梶浦:そうなんですが、私は職人自身が発信することに意味があると思ったんです。第三者が「こんなにすごいよ」と言っても、視聴者にとってはあくまで遠い世界のことであって、身近に受け取ってもらいにくい。「東海の技」のコーナーは視聴率もよかったんですけど、視聴者に「かっこいい」と思ってもらえても、「自分も習ってみようかな」とまでは感じてもらえないだろうな、と思って。

金丸:たしかに、アナウンサーが「こんなにすごい世界があるから、あなたも職人になりませんか」と言っても、ちょっと説得力がないですよね。伝統工芸の後継者不足は深刻ですが、いったいいつ頃から問題になったのでしょうか?

梶浦:みなさん「バブルを境に後継者がいなくなった」とよくおっしゃいますね。私は今、40歳ですが、私の上は間が空いて、60〜70代です。

金丸:ということは、中間の世代がごっそり抜けているんですね。梶浦さんが「入門したい」と言ったとき、師匠はすんなり受け入れてくれたのですか?

梶浦:私は取材したことがあったし、私のほかにも弟子がいらしたので、割と大丈夫でした。弟子入りして大変だったのが、あぐらをかくことでしたね。師匠の作業環境があぐら前提で出来上がっているんですけど、それまで私はあぐらをかく機会なんてほとんどなかったので、慣れるのに苦労しました。あとは刃物を扱うので、指が傷だらけに。

金丸:あれ?保育園の頃から刃物の扱いには慣れていたのでは?

梶浦:それが右手に刃物を持って、左手で木を持つんですが、するとどうしても、左手の人差し指に刃先が当たるんです。むしろ指で刃を止めているような感じですかね。手で持ったときの感触を確かめながら作業することが重要なので、手袋をつけるわけにもいかず。

金丸:根付自体も、人の手に触れるものですからね。

梶浦:それも根付の特長ですね。使い込むことで飴色に変色したり、すり減ったりした状態を「なれ」というんですが、これがまた独特の味わいを生むんです。

金丸:粋ですね。日本はいつの間にか、何でも新品がもてはやされる文化になってしまいました。家具でも日用品でも良いものを長い期間使うのではなく、安物をどんどん買い換える。そういう文化では、伝統工芸も価値を認められにくいですよね。

梶浦:戦後、大量生産・大量消費の文化が欧米から入ってきた影響でしょうね。

金丸:ところで、アナウンサーを辞めたのはいつですか?

梶浦:2009年に退職しました。NHKだと3年ごとに転勤がありますが、津支局から名古屋支局に転勤になったことで、修業も一旦中断。ちょうど結婚したので家族と一緒に暮らしたいし、根付も諦めたくないと思って。イベントや結婚式の司会業をフリーでやりながら、次の年から本格的に修業を始めました。

金丸:今はどのような一日を?

梶浦:基本的に朝起きてから寝るまで、ずっと刃物を持っています。途中で家事を挟みながらですが、音楽を聴いていようが、テレビを見ていようが、ずっと手は動いていますね。

金丸:ええっ、危なくないですか!?

梶浦:もちろん作業によりますけど、手元を見なくても大丈夫な工程もあって。

金丸:すごい。10年以上のキャリアを積んで、いまやベテランの域にいらっしゃるんですね。

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