この日も、いつものように、昼からだらだらとテレビの前で過ごしていた。ハワイを特集した番組が流れている。
― 出た、このモデルさん、ヨガのインストラクターになったんだよね!
VTRでは、ファッション誌の人気モデルだった女性が、大自然の中でヨガをしている。
彼女は、世の女性の憧れの的といっても過言ではない有名モデルだった。しかし、30代半ばでパタッと表舞台から姿を消した。
そして、今ではハワイでヨガライフを満喫しているのだ。
― 小麦色の肌、健康的なスタイル。きれいだなあ。
彼女をきっかけに、さまざまなネットニュースで“モデル” “ヨガ”が取り上げられるようになった。
最近では、モデルだけでなく、女優やグラビア系の女性も、ヨガの資格を取ったといっては話題になっている。
「あ…」
私は、急に思いついた。
― これだ、これ!私が次に目指すべきは、ヨガの先生かも。世間的にもウケがよさそうだし、健康的なイメージだし!
一度思い描くと、途端に、ヨガインストラクターこそ自分にピッタリなのではないかと思えてくる。
オシャレなヨガウェアを着て、ポーズをとった写真をInstagramに投稿すればフォロワーが増えて、仕事にもつながるかもしれない。
湧き上がるミーハーな気持ちを原動力に、私はさっそくスマホに手を伸ばし、ヨガの資格を取る方法を調べ始めた。
検索画面をスクロールしながら、考える。
せっかくなら、ハワイで資格を取りたい。
逆に、ハワイ以外で資格を取りたくない。
ハワイなら、自由時間にショッピングもできるし、観光もできる。食事だって楽しめる。Instagramに載せるネタが尽きない。
調べたところ、必要になるのは、講座費用に宿泊費用、往復の航空券…あとは現地での生活費だ。
WEBページを開き、詳しい見積りを始める。
― えっ、宿泊は相部屋になるの?あ、追加料金で個室もあるのね。飛行機はビジネスクラスで…と。
ザッと見積もってみると、3週間で200万という金額が出てきた。これが、私のハワイヨガ留学にかかる費用だ。
「200万か…。私、今どのくらい持ってたっけ?」
アプリで預金残高を確認してみると、残高は「530,205円」。
間違いを修正して投稿した、ナイトブラの案件の報酬30,000円も、すでに入ってきている。
― 全然足りない。
にもかかわらず、頭の中はすっかりハワイでいっぱいだ。
― 自分のお金を使わずに行く方法…は、やっぱり“ともくん”しかないか。
ため息をもらすと、飼い猫のミケ子が、脚にすり寄ってきた。1年前、高齢で施設に入所することになった祖母から、引き取った猫だ。
「ミケ子も、ともくんになついてるもんね?」
私は、週末に会うことになっている“ともくん”に、お金の用意と、ミケ子の世話を頼んでみることにしたのだった。
「エリカが好きな“アンジェリーナ”のモンブラン、買ってきたよ」
「ともくん、ありがとうー!嬉しいっ」
彼氏の智樹が部屋に来たのは、2週間ぶり。
私は、いつものように玄関で彼にギュッと抱きつくと、ケーキが入った紙袋を受け取る。
ミケ子も、智樹の足にすり寄った。
「おじゃまします」
「“ただいま”でしょ。ここは、ともくんの部屋でもあるんだから」
「まぁ、そうだけど。今は、会社の近くにも部屋を借りてるし。ここは、エリカが好きに使っていいからね」
「ありがとう。会社を2つも経営してるんだもんね!ともくんって、本当にすごいっ」
美容の専門家を集めたマーケティング会社と、化粧品会社。2つの会社を経営する智樹は、現在44歳・バツイチだ。
出会いは、3年前。私がまだ、モデルの仕事を盛んにしているときだった。
彼からのアプローチで交際がはじまると、ほどなくして「モデルの仕事は大変だろうから」と、私の生活の面倒までみてくれるようになったのだ。
以降、智樹に甘えきった生活を送っている。
恋愛感情は、ずいぶん前になくなった。けれど、私は彼がいないと、金銭的に暮らしていけない。
それをわかってのことなのか、智樹は会うたびにこう聞いてくるのだった。
「エリカ、何か困ってることはない?」
いつものように聞かれた私は、この日、すかさず言った。
「ねぇ、ともくん。私に200万、投資して!」
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かかる費用は200万。エリカはハワイに行くことができるのか…?
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