1度目の着信は、無視した。
だが、2度、3度と懲りずにかけ直してこられると、放っておくほうがイライラする。
仕方なくスマホを拾い上げると、画面には“PR 新田”の表示。彼は、PR案件を多数紹介してくれる。
実は、今回の案件もそう。
新田が「この案件を機にフォロワーが増えれば、依頼できる仕事も増えるし、単価も上がると思います」なんてそそのかすから、下着姿になる投稿を引き受けたのだ。
なのに、期待したような反響はなかった。文句のひとつでも言ってやろう。そう思って電話に出る。
「…新田さん、ちょうどよかった。言いたいことがあります」
「私こそ、お話したいですよ。僕、今近くにいるんですけど、これから出てこられますか?」
怒りたいのは、私。
それなのに、いつも温厚な彼のほうがいら立っている。ヤキモキした感じが、電話越しに伝わってきた。
「エリカさん、いいですね?近所のカフェまで行くので、来てください」
急用だというので、仕方なくその辺にあった適当な服に着替えてすぐに家を出た。
新田と待ち合わせをしたのは、渋谷駅から少し離れた場所にあるカフェ。
私が住んでいる2LDKのマンションから、歩いて5分の場所だ。前にも、打ち合わせのために来てもらったことがある。
「エリカさん、こっちです!」
先に到着していた彼は、コーヒーをオーダー済みだった。
「どうしたんですか、新田さん?電話でもよかったのに」
「昨日のナイトブラの投稿のことで、ちょっと。エリカさん、修正前の下書きを投稿してますよね?商品名が間違えていると、お伝えしたほうです」
かぶせ気味に言われた私は、眉根を寄せる。
だが、自分の投稿を確認して、彼の言っていることが正しいとわかると、しぶしぶ謝罪をした。
誤字脱字だらけの下書きを、うっかり投稿してしまっていたのだ。
「あ!本当だ…ごめんなさい」
― ヤバッ…。投稿するとき、飲みすぎてた?かな。
ここ最近、希望する案件がまわってこないことに不満を募らせていたせいか、昨夜はつい、お酒が進んでしまったのだ。
「前にも、同じようなミスがありましたよね?メールや電話で言っても全然改善されないから、今日は直接話そうと思って、急いで来たんです」
新田が、まっすぐにこちらを見ている。
「こんなこと、あまり言いたくないんですけど…。もう少し注意深く確認してもらえませんか?クライアントから注意されるの、これで5回目なんですよ」
「わかりました、ていうか新田さん!もっと、私に合う案件ってないんですか?」
「合う…っていうと?」
“モデル”のエリカにふさわしい華やかな案件―。という意味で言ったのだが、察しが悪い彼はピンときていないようだ。
「うーん?例えば旅行系とか、イベント系とか。コスメやスキンケアでもいいなーって」
「そうですね、ないこともないんですけど…」
「けど?」
私は、歯切れが悪い新田に、次の言葉をうながした。
「そういう系のPR案件は、ほかにお願いしている方がいるんですよ。専門でやっている方とかがいるんで。スキンケアは…あ、このシリーズなんてどうですか?今、送りますね」
LINEに送られてきたURLをタップすると―。
“アラフォー世代の気になるたるみ、毛穴に!”というキャッチコピーが目に飛び込んできた。
「ねぇ!どう見てもこれって、私向けじゃないですよね?」
思いのほか、大きな声が出てしまった。
― ありえない!アラフォーって、私まだ27歳なのに。
私は、責めるように新田を見据えた。
「申し訳ないんですが、ほかに紹介できる案件は…。ちなみにエリカさんって、最近どんなお仕事をしてるんですか?それによっては、別の方向性も検討します」
「…モデルですけど?」
「といっても最後のヘアカタログの仕事から1年半、モデルなんてしてないけど」と私は、心の中で付け加える。
すると彼は、軽く頭を下げた。
「うちではもう…すみません」
そう言い残して伝票を手に取り、そっと席を立ったのだった。
◆
1ヶ月が経った。
新田からの音沙汰はない。私は唯一の収入源だったPRの仕事を失った。
― どうしようかな。
今後の人生に焦りを感じ始めたそんなとき、思いもよらないかたちで、新しい目標に出合う―。
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