社交辞令が通じない女
「わぁ!ここがうわさの諒子のおうちなのね」
訪ねてきたのは諒子の大学時代の同級生・濱口マリだった。
かつては明治大学の同じサークルで、同じ女子寮にも住んでいた仲。だが、大学卒業後は彼女がすぐ結婚したこともあり、SNSでつながっているだけであった。
13年もずっと疎遠であったが、ひょんなことから、先日偶然再会してしまったのだ。
「できれば、連絡してほしかったんだけど…」
「ゴメンネ。思い立ったが吉日と思ったの」
やんわりと「突然来られるのは迷惑」とマリに伝えるも、全く効いていないようだ。彼女は、“へへへ”といたずらっぽい笑みを見せる。
そのあどけない表情も、ノリも、距離感も、昔となにも変わっていない。
「帰国のたびに行っているエステサロンが臨時休業でね、突然時間ができたの。せっかく海の向こうから来たのに腹立つ~!」
「まあ、気持ちはわかるけど…」
現在、アメリカ在住の彼女。
夫はメジャーリーグのスター選手・濱口海斗だ。現在はシーズン中だが、所用で彼女だけ先に帰国中らしい。
「…で、今日は諒子、一日中暇かしら?」
諒子のワインを、マリは断りもなく空いたグラスへ注ぎながら尋ねた。
「ん、ちょっとしなきゃいけない仕事もあるけど…」
「でも、昼から飲んでるくらいなら大したことない仕事でしょう?青山にでも行かない?ベッド用意しなきゃ」
「…へ?」
玄関には、彼女が持ってきた大きなヴィトンのスーツケースがふたつ置かれている。
遊びに来たにしては、荷物が多すぎると諒子は気づく。
「諒子のお誘いに甘えようと思うの。これからよろしく」
嫌な予感がするとともに、彼女と再会した時の会話を思い出した。
それは、3日前の晩のこと。
ガーデンプレイスタワー38階にある『えびす坂 鳥幸』の個室で久々に会ったマリは、ひと言目から失礼だった。
「早っ!本当に来ちゃうんだー」
諒子の姿を見るなり甲高い声で大笑いするマリ。諒子がカチンときたのは、言うまでもない。
「諒子、ごめんね突然呼び出して。マリさんが“諒子は大親友だから久々に会いたい!”って言うものだから」
同期入社で、スポーツ局のデスクをしている渡瀬千奈津が言う。
千奈津は、メジャーリーガーの妻・マリを取材ついでにもてなすため、この場を用意していた。
その席で千奈津は会話の共通点を探るため、マリの同窓だと聞いていた諒子の話題を出したという。
その夜は特に予定もなかった諒子。しかも近所だったため、軽い気持ちで赴いたのが失敗だった。
「親友、というわけでも…。確かに大学の時たまに一緒にいたけど」
“親友”なんて、いい大人が軽々しくよく言えたものだ、と諒子はいら立ちを隠しながら答えた。
「え~悲しい~。毎日同じお風呂入っていたのに」
「一緒の女子寮にいただけだよ」
13年ぶりにもかかわらず、学生の頃と同じ仕草や距離感で近づいてくるマリに諒子は戸惑った。
この場には、他部署ではあるが上司もいたからだ。
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