その後、小さな子どもを持つ千奈津はすぐに帰宅した。
一方、宴席で若手男性スタッフたちの太鼓持ちにはしゃぐマリは、諒子を末席に放っておいたままだった。
「キャハハ。そんなことないですよぉ~」
イケメンスタッフのヨイショに、甲高い声を上げるマリ。
諒子はひとり、その耳障りな声をBGMにワインを飲み続ける。
マリは大学在学中から、アナウンサー事務所に所属し、その華やかさで学校内でも注目を浴びていた。
そして仕事がきっかけで、プロ野球選手の夫と知り合い、卒業後すぐに結婚。
以来ずっと専業主婦のはずだが、メジャー移籍するほどの有名選手の妻ともなると、想像以上の浮世離れな生活をしているようだ。
普段は彼女のInstagramの投稿をミュートにしているため、諒子はたまに覗く程度だが、彼女のアカウントにはいつもNYやロサンゼルスの邸宅での華やかなパーティーの様子や、夫のために作った見栄えのいい料理の数々が掲載されている。
『彼女と私は世界が違う』
嫉妬ではなく、品のない浪費への蔑みの感情であるが、ミュートを解除して見にいくたびに諒子の胸はざわつく。
今もそう。そのイライラは下手な肴よりアルコールを進ませている。
いつの間にか、諒子はひとりでワインを一本空けていた。
「大丈夫?」
ふと気がつくと、ガーデンプレイス前の路上。諒子の隣には、マリがいた。
「私ね、ウェスティンに部屋をとっているの。タクシー乗り場まで送るよ」
ふらついている諒子は、うっとおしく思いながらも、彼女に頼らざるをえなかった。
「いい、歩いて帰る。家、近くだから」
「え、諒子まだ独身だよね。彼氏もいなそうだし、ひとりで恵比寿に住んでいるってこと?すごーい」
言葉の端々が鼻につく。諒子は思わず同じテンションで対抗した。
「そーよ。ずっと仕事が恋人。おかげで部屋も有り余るくらいの広いマンションの部屋を最近買っちゃってね」
「えー、有り余る部屋なら、私も住める?」
「住める住める。いつでもきて~」
酔いが気分を高揚させ、口がなめらかに滑っていた。
― …まさか、あの言葉を本気にしたの??
諒子が記憶をたどっている間に、マリは勝手に家の中を探検し始めていた。
「言うほど広い部屋じゃないよね。NYに住んでいたときの家のリビングと同じくらい」
口をとんがらせて言う彼女。
― 一応、ベランダ含め、100平米近くある。しかも東京の中心部なのに。
怒りを通り越して諒子は呆然としていた。「きっと、冗談で言っているだけ…」正常性を保つため、そう心の中で自分に言い聞かせる。
「私、こっちの部屋でいいかな。クローゼットも大きいし」
「は?」
マリが指を差したのは、諒子がシアタールームとして使おうとしていたリビングに次いで広い部屋だった。
当然のように玄関のスーツケースを運び入れるマリの姿を見て、諒子はやっと我に返る。
「まさか…本気なの?」
マリは部屋に来て初めて長く沈黙した。そして、うなずく。
「私ね、離婚、するんだ」
「え?」
諒子は、マリがこの部屋へ突然押しかけてきた理由に納得するとともに、返す言葉が見つからなかった。
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