「南麻布の家賃って、20万円くらい?もっとする?」
「うん。そのくらいかな」
本当は18万円だが、うまくごまかし毎月20万円の家賃補助をしてもらうことに成功した。
やはり、持つべきは“余裕”のあるオトコだ。
私は、大好物のウニを口いっぱいに堪能して、すだちを絞った焼酎のソーダ割を飲んだ。
◆
「ねえねえ、あの人たち今流行りの、ナントカ活かなぁ?」
「違うでしょ。女の人若くないし」
店を出てから、タクシーに乗り込もうとすると、道を歩く女性のふたり組がこちらを見ながら話すのが聞こえた。
― ちょっと、丸聞こえなんですけど!
私は一瞬イラッとしたが、彼女たちに視線を向けることなく、グッと堪えた。
私だってわかっている。
30歳を過ぎて、お金目当てに男性と付き合うことがどんなにダサくて痛いことか。
でも、私は、この生活がなければ、自分らしく生きられなくなっていた。
私は昼間、法律事務所の事務員をしている。
銀座のバーでのアルバイトは週に3日。19時から23時までだから睡眠時間こそ確保されているものの、32歳でのダブルワークは、正直キツい。
なぜ私が、銀座のバーで働いてまで稼ごうとしているのか?
それは紛れもなく、4年間付き合っていた経営者の元カレとの贅沢な暮らしが、忘れられないからだ。
一緒に住んでいた白金台の部屋のリビングは60平米で家政婦がいたし、デートで行く店は普通なら予約が困難なところばかり。もちろん旅行はビジネスクラス以上。
だから、30歳のタイミングで別れを切り出された時は、しばらく立ち直れなかった。
田園調布3丁目に実家があり、小学校からずっと成城学園に通っていた私。
何不自由ない生活を送らせてもらいながら、大人になってまで親に頼りきるのも申し訳なくて、社会人になると同時に一人暮らしをした。
実家に帰れば、昼間のお給料だけで満足な暮らしができるだろう。
でも、それでは東京に散らばっているチャンスや奇跡を自分でつかめない気がしていた。
自分の力で幸せにならなければ、なんの意味もない―。
そんなことを思いながらタクシーの窓からぼんやりと外を眺めていると、車は六本木のラグジュアリーホテルに着いていた。
私は、スイートルームのバスルームで、アクセサリーをひとつずつ外しながら、心の準備をする。
「ふぅ」
友達には、もっと若くて、かっこいい人と付き合いなよと言われる。
しかし、もしそういう男が近くにいたとしても、その男は私を選ばないだろう。
彼らは、モデルや女優といった華やかな職業の女が好きだし、そういう女が向こうから寄ってくる。
中にはそういう男に果敢に挑んでいく身の程知らずの女もいるが、私はそんな女を心から軽蔑している。
つまり、最初から負け戦なのだ。
私は、一般的な32歳のOL。ちょっと可愛くて、コミュ力が高いことが売りなくらい。
元彼が私の生活水準をグンと引き上げたせいで、そのへんの同年代の男の経済力では満足できない。
だから、裕福な暮らしをさせてくれる51歳の経営者と付き合えるのは、むしろありがたい。
そんなことを思っていた。
「優里亜ちゃん~!早くこっちおいで」
バスルームのドアの向こうから山本の声がする。
「は~い!今行くね」
ふたりでワインを少し飲み、雰囲気が良くなってきたところで山本が私の肩に手をかけ、そのままベッドに誘導された。
― 大丈夫。私は山本のことが好き、好き、好き。好き。だから付き合っている。
そう何度も心の中でつぶやき、山本に身を任せた。
◆
気がつくと、バスルームからシャワーの音がしていた。
私は、起き上がって水を飲み、下着姿で東京の夜景を眺めながらポツリとつぶやく。
「大丈夫、私は幸せ。絶対にこれからもっと幸せになる」
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