Beef or Chicken~空の上の恋愛模様~ Vol.1

Beef or Chicken~空の上の恋愛模様~:機内で名刺をもらった28歳CA。ステイ先で連絡したら…

洗面所にあったアラミスのメンズコスメ、グルーミンググッズ。

ベッド脇のコンセントにささっていたサーフェスの充電器、クローゼットに何着か置いてあったスーツやシャツ、部屋着…。

跡形もなく無くなっているのは、付き合って1年になる恋人のもの。

― 衣替え?それとも出張があって取りにきたとか?

新太から何か連絡が入っているかもしれないと思い、七海はバッグからスマホを取り出す。

すると、案の定彼からのLINEが来ている。

急いでメッセージを確認すると、さっき空港から七海が送った『ただいま、帰ってきたよ♡』の下に、あまりにもそっけない一文があった。

『七海、ごめん。別れよう』

七海のあらゆる思考が停止する。そして、次の瞬間、反射的に新太に電話をかけていた。

「新太、ねえ、どういうこと?」


翌週。

「七海さん、やっぱりハワイは最高ですねー。はい、カンパーイ!」

シカゴから戻り、3日間のオフの後、七海はハワイ便の乗務でワイキキにいる。目の前に座っているのは、2年後輩の莉里子、28歳だ。

ホテルでお風呂に入り、仮眠を取った後は、ルームサービスでも取ってゆっくりしようと思っていたのだが。

「えー!久しぶりのハワイなのに、もったいないから、行きましょ!」

莉里子に半ば強引に誘われ、彼女のお気に入りのレストラン『DUKE’S WAIKIKI』にやってきたのだった。

ワイキキの美しいビーチを目の前に眺め、莉里子はご機嫌でカクテルのグラスを傾けている。

― はぁ…疲れた…。

七海が、ため息をつきながら浮かない顔をしていると、莉里子がケールとロメインのシーザーをとりわけ、目の前に差し出した。

「で?3日間の休みは、ひたすら泣き暮らしていたってことですか?」

「まぁ、落ち込んだよね…」

先週、シカゴから戻った直後に届いた、新太からの突然のお別れLINE。七海は理由を聞くために電話をかけた。

「どうして、急にそんなこと言うの?」

「急に思ったわけじゃないんだよね…。七海のことは好きだけど、最近、すれ違いでほとんど会えないし」

新太は、七海と同じ30歳。メーカーに勤める彼は、残業はなく、土日もしっかり休むことができる。サーフィンが好きで、少し時間ができると季節を問わず、いい波を求めて茨城や湘南に出かけてしまう。

共通の友人の紹介で知り合い、付き合い始めて1年とちょっと。

コロナ禍は、七海のフライトが少なかったし、飛んだとしても国内ばかりだった。スタンバイの日も多く、2人で過ごす時間は十分取れた。

しかし、今年の春頃から、少しずつフライトが増えた。最近では元通りとまではいかないまでも、スケジュールに国際線のフライトも入るようになった。

「フライトの予定って、希望とか出せないの?休みは平日ばっかりだし、たまの日曜日に家にいてもスタンバイだとどこも出掛けらないし」

新太は、次第にお互いの休みが合わないことに文句を言うようになった。

「前から聞きたかったんだけど、七海ってずっと仕事を続けるつもりなの?」

結婚の2文字は出てこなかったが、将来のことを気にする口ぶり。

「体力的に厳しいと思うこともあるけど、私、この仕事が好きなの」

この時以降、なんとなく新太との間に隙間ができたような気がしている。

「すれ違いが嫌なんて…、どうしてCAを彼女にしたんだって感じですね。その男は!」

莉里子が怒り気味に言った。

「この前、言われちゃったんだよね。結婚したら海の近くに住んで、休みの日は家族でサーフィンしたり、キャンプしたりするのが夢だって。でも、君とは休みが合わないから無理そうだって…」

そういう七海の目線の先にはワイキキの青い海がある。次第に、彼女の瞳にうるうると涙が溜まっていく。

「七海さん、そんな男こっちから願い下げですよ。恋人が留守の間に合鍵で泥棒みたいに、私物を取りに戻り、LINEで別れを告げるって、男としてサイテー」

莉里子はプリプリと文句を言いながら、メニューを手に取った。

「七海さんがCAを辞めるわけない、って思っているから、追いかけてこないような理由を付けているんです。あ、もしかしたら他に女ができたのかも」

莉里子の言う通りだと、七海は頭ではわかっている。

彼のやり方はズルいと思う。

だが、それを認めてしまうと、これまでの楽しかった1年間の思い出までもが、消えてしまうような気がした。

海で子どものように楽しそうにはしゃぐ彼の姿が、七海の脳裏に浮かんでは消えていく。だが、諦めるしかない。

「今回のハワイは、失恋旅行ならぬ失恋フライトって感じだね」

七海がおどけて言う。

「とりあえず、お肉食べて元気出しましょ」

莉里子が明るく話題を変える。

「円安でなんでも高いですけど、もうこうなったら、ケチケチしないでパーっといきましょう」

そう言いながら、彼女がバッグのポケットからあるものを取り出した。


「じゃじゃーん!」

莉里子が七海の目の前に2枚の名刺を並べた。

そして、「今日フライト中にいただいた名刺です」とニヤリとした。

「これ見て!ほら」

そのうちの1枚を裏返すと、手書き文字で「ステイ中にご飯でもご馳走させてください」とあり、LINE IDが書かれていた。

「え?まさか呼ぶの?」

「呼びますよ。ご馳走させてくださいって書いてあるもの」

この記事へのコメント

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No Name
CAと付き合うなら、休みが合わないことにがたがた文句言うなよとも思うし。
後輩ちゃんが言うように、まるでこそ泥のように合鍵で私物を取りに来てLINEで別れを告げるって、最低男ですよね。
2022/08/04 05:3299+返信7件
No Name
海外やCAのお話はかなり久しぶりだし、楽しい連載が始まった!
これからの展開がとても楽しみ。
ただ一点。CAとなるとなぜか古臭い偏見やアンチコメントが必ず出ててくるから嫌だなぁと。
2022/08/04 05:2989返信16件
No Name
前に付き合ってた子がCAだったから、この話ものすごくスッと入ってきた。ライターさんの界隈にいるのかな、CA。

最後の、ビーフ or チキンみたいに言わないでよ、にメチャクチャ笑った😂😂
2022/08/04 05:2749
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