溺愛される妻
里香、30歳。
六本木のタワーマンション最上階で暮らす専業主婦だ。
PR会社を経営している13歳上の夫・英治とは、広告代理店の受付をしていた時に出会った。
里香が働いていた広告代理店の受付は美人揃いで有名だったが、その中でも、透き通るような肌とクリっと大きな茶色い目が特徴的な里香は、ひと際目立っていた。
英治は、日焼けした肌に白シャツ、ロールアップしたチノパンに裸足ローファースタイル。
「かわいいね。連絡先教えてよ」
いかにも女慣れした雰囲気で、最初は里香も本気にしていなかった。
だが、英治は本気だったようで、毎日のように仕事終わりの里香を待ち伏せてつきまとうなど、もはやストーカー、犯罪スレスレの手法で口説き続けたのだ。
里香も里香で、そんな英治を良く思っていなかったものの、毎回超高級レストランを予約してくれ、デートの度にプレゼントをくれる生活に味をしめていったのも事実。
こんなに尽くしてくれる経済力のある男を捕まえておいて損はない。
そんな打算で付き合いが始まり、1年が経った頃。
子どものおもちゃかと見紛うほど大きなダイヤモンドの指輪とともにプロポーズされた。
東京の婚活市場で英治以上の人と出会える可能性は低いと考えた里香は、結婚を決めた。
出会った頃と変わらず、いや変わらないどころか、英治の里香への愛情は増すばかり。
東京の良いレストランはほぼ行き尽くしたし、彼からのプレゼントは、別途倉庫を借りて保管するほどの量になっている。
かわいい、かわいいと愛でられてきたが、気づけば30歳。彼に求められれば、ママになるという次なるステージも考えている。
「私には、港区セレブママ生活が約束されている」
子どもを入れるインターナショナルスクールで悩むことはあっても、学費で悩むことなどない。里香は、そう信じて疑わなかった。
◆
「今日もいい汗かいたなあ」
六本木ヒルズでパーソナルトレーニングを終えた里香は、アイスコーヒー片手に歩き始めた。ボディーメイクのため、2日に一度はトレーニングに通っている。
外はジリジリと暑く、日差しも強い。
大通りに出て、すぐにタクシーをつかまえる。里香は、どんなに短距離でもタクシー移動しているが、これは、英治の意向だ。
「里香が外を歩くのが心配。変な虫がつかないように」ということらしい。
交差点の信号待ちで、汗を拭いながら歩くサラリーマンを横目に、里香はエアコンの効いた、ひんやり涼しいタクシー中で大きなあくびをする。
― 皆さん、お勤めご苦労さまね。私は、帰ったら昼寝でもしようかなあ。
3食昼寝付き。この言葉は、里香の生活そのものだ。
改めて自分の恵まれた境遇に浸っていると、あっという間に自宅マンションのエントランス前に着いてしまった。
タクシーを降りたところで、里香は見知らぬ若い女に声をかけられた。
「英治さんの奥さまですよね?」
この記事へのコメント
離婚しないって言われたんだから。
生活レベル、落とせないでしょ。
不倫相手がノコノコと妻の前に現れ、宣戦布告する展開、東カレライターさん達好きだよね。
英語で、カップルや夫婦がお互いをハニーとかベイビィとか呼び合うけど、マイキューティーは聞かないなぁ。