2022.02.20
選ばれし女―Who was chosen?― Vol.1◆
― どうして俺は、彼女と結婚しようと思ったのだろう。
チャペルの長椅子に座りながら、和真は考えた。
― 6年前に離婚したときは、二度と結婚しないと決めたのに、なぜだ?
離婚後、好意をよせられて、和真自身も「素敵だな」と思った女性が6人いた。
その中から和真は彼女を選んだ。
他の5人ではなく、なぜ彼女だったのか。
なぜ、彼女にだけ心が動かされ、そして自分の考えを曲げてまで再婚を決意したのかを、和真本人が理解できていない。
― 面倒なことを考えるのはやめよう。今が幸せならそれでいい。
和真は組んでいた足をほどいて長椅子から立ち上がると伸びをした。
― 着慣れないタキシードで肩がつっぱるな…。
背後でドアが開く音がして「お待たせしました」というスタッフの声が聞こえる。
純白のウエディングドレスを着た彼女が、淡い色合いのドライフラワーブーケを手に、そこに立っていた。
「きれいだ」
お決まりのセリフが、自然な形で和真の口から漏れる。
「和真さんもかっこいい」
彼女が言った。
「でも着慣れてないから、息苦しい」
和真は笑って返すが、その直後、思わず悪趣味な想像をした。『とは言っても、一度目の結婚式でも着たんでしょ?』と彼女がイジワルを言う妄想だ。
しかし、彼女はそんなことは言わない。
「じゃあ、疲れちゃう前に、早く済まそうね」
和真と彼女が話している間、周囲ではスタッフやカメラクルーが黙々と撮影準備を進めていた。和真は彼女と再婚を決めたものの、二度目の結婚式を挙げるつもりはなかった。
もちろん、ご時世柄もある。
しかし、結婚式を挙げないと決めたのは、彼女の一言があったからだ。
高輪台の低層マンションの40平米もあるテラスで、白ワインを片手に屋外用ソファにもたれかかりながら彼女は言った。
「私、結婚式は挙げたくないんだけど、いい?」
和真は「俺もそうなんだ」と言いたかったが、そう告げる前に「どうして?」と尋ねておいた。
「人前に出るのって、なんか恥ずかしいし、式に招待できるような友達が少ないから」
その言葉で和真は、彼女は嘘をついている、と感じた。
「俺に気を使ってない?俺が二回目の結婚式はしたくないって思ってるから、そう言ってるわけじゃないの?」
「ううん。本当にそうなの。だから結婚式はしなくていい」
しつこく「俺に気を使ってないか?」と聞き続けるのも、よくない。
こうして和真は、結婚式を挙げないという彼女の希望を受け入れた。もちろんそれは和真が望んでいた選択肢であった。
2人の新居は、広いテラスのある高輪台の低層マンションだったが、すでに3年前から和真が住んでいる物件である。気に入っているので引っ越したくなかった。
彼女と付き合っていないときに、彼女以外の女性が部屋にあがったことは彼女自身も重々承知だろう。
それでも気にせず、この部屋で暮らそう、と彼女は言ってくれた。
結婚にまつわる様々な選択肢を、彼女とならノンストレスでチョイスできる。
「じゃ、代わりにフォトウエディングしようか」
和真の提案に、彼女はパッと顔が明るくなった。
「えっ?そういうのはいいね、やりたい!」
こうして今、和真はタキシードを、彼女はウエディングドレスを着て、カメラの前に立ち、撮影が始まった。
和真と彼女のツーショットばかりではなく、主役である新婦のワンショットの写真も撮影した。
必然的に和真は待ち時間が多くなる。
― 俺はこの人と、今後の生涯を過ごすのか。
レフ板で光を当てられ、メイクを直され、表情とポーズをカメラマンに指示されている彼女を眺めながら、和真はあらためて感慨深い気持ちになる。
婚姻届を出したときにも同じ感情が湧き起こった。
不思議な感覚だった。
7年前、一度は別の女性と生涯を誓い合った。
そして、その女性と別離し、二度と結婚しないと決めた。
それなのに……今こうして、新たな女性と生涯を誓い合っている。
離婚後に出会った素敵な6人の女性。
その中で彼女だけは、他の5人とは違った。
一体、何が違ったのか。
選択肢があるとき、和真と彼女は同じことを選ぶことが多い。いわゆる“価値観が合っている”というやつだろうか。
でも、それだけではない気がする…。
「和真さん、こっち来て。一緒に撮ろう?」
彼女の言葉で和真はハッと我に返る。
「うん。今行くよ」
「ブーケも持ってきて」
「わかった」
彼女から預かっていたドライフラワーのブーケを手に、和真は歩き始めた。
そのときだった。
サスペンス小説の探偵役が、目の前に溢れた様々な事象・証拠から「すべてが繋がった」と察するかのごとく、和真は気づいた。
― あぁ、だから俺は彼女と結婚したいと思ったんだ。
脳内に浮かんだ“結婚を決めた理由”。
和真はその答えが真実であることを確かめるため、この6年間で出会った6人の女性たちとの思い出を反芻しようと、心に決めるのだった。
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