現在35歳の和真は、美大に通っていたころからグラフィックデザイナーとして仕事を始めた。
ある人気音楽ユニットのアルバムジャケットを担当したことで、和真は学生ながら、人気デザイナーの仲間入りを果たす。
一部上場企業の役員を務める父から、幼少時より経済リテラシーを叩き込まれていた和真は、自身に依頼がくるデザインの仕事だけでなく、美大仲間のマネジメントやコンサル業務を開始した。
収入は右肩上がりとなり、卒業時には年収2,000万を超えていたこともあり、個人事業主ではなく起業の道を選ぶ。
若くして仕事に成功したこともあって、和真は自信に満ち溢れていた。それが外見にもよく表れていたので、大学時代からよくモテた。
ほどほどに遊んだ時期もあったが、26歳の誕生日を一緒に過ごした女性と、28歳のときに結婚する。
相手は、審美系の歯科クリニックで歯科衛生士をしていた佑子。
コーヒー、カレー、赤ワインと歯が黄ばみやすいものに目がなかった和真は、ホワイトニングのためそのクリニックへ通い、佑子と知り合った。
クリニックに置き忘れた仕事用ケータイを退勤後の佑子が手渡してくれ、その際に連絡先を交換。
自然な流れでデートし、そして付き合うことになる。
当初、和真は、結婚するつもりなんてなかった。
しかし、付き合って半年も経たないころ、表参道で彼女とデート中に、ばったり和真の両親と遭遇したのだ。そして「今、付き合っている彼女です」と佑子を紹介した。
和真が家族に恋人を紹介するのは、このときが初めてだった。
そこから急速に結婚を意識することになる。和真以上に、佑子が。そして彼女に押し切られる形で結婚した。
和真自身は「結婚するとはこういうものか…」と諦念し、達観した感覚があった。
すべてはタイミング。大きな決断があったわけではない。
だからなのだろうか、2015年12月。
結婚生活が1年にも満たないなかで離婚することになった。
「離婚の理由は?」
誰もが鬼の首を取ったように尋ねてくる。
その都度和真は「俺が大人じゃなかったから」と答えた。
他人の不幸は、最高のエンターテインメントだ。質問者は「もっと詳しく」と聞いてくるので、和真は決まってこう答える。
「子どものころ、みんな『大人になったら結婚する』って思ってただろ?そのとおり。結婚っていうのは大人がするもんなんだ。自分のような好きなことを仕事にして、遊ぶように金を稼いでいる人間は子どもだ。だから、結婚には向いていないんだよ」
和真がそこまで丁寧に伝えると、質問者は自分が望んでいた答えが返ってきたようで納得してくれる。
「和真はモテるからな~。結婚向きじゃないんだよ~」
『うるせえ、黙ってろ。それより自分の心配をしろ』と悪態をつきたくなる時もあるが、和真は笑顔で受け流した。
「離婚の理由は?」という質問が多すぎて、いちいちリアクションしていたら疲れてしまうからだ。
もう1つ和真には“よくされる質問”があった。
結婚していたころも離婚したあとも、変わらず、よくされる質問だ。
「どうして結婚しようと思ったんですか?」
離婚理由については男女関係なく尋ねてくるが、結婚理由を質問してくるのは、いつだって女性だ。
女性は、結婚したがるが、男性は嫌がる。
ちまたでよく言われるフレーズに置き換えるなら、男は最初の男に、女は最後の女になりたがる。
いつの時代も女性にとって結婚は、1つのゴールだ。しかし、男性は覚悟を持てない。
それは、和真が佑子との結婚でも感じたことだ。
もし、あの日あのとき、表参道で和真が両親と偶然出くわしてなければ…。和真も佑子もいまごろバツイチではなかったはず。
あるいは佑子は、和真ではない男性と、幸せな初婚をしていたかもしれない。
表参道の出来事が、運命の歯車を狂わせた、と和真は思う。
― 俺は結婚できるような大人じゃない。
それは和真だけでなく、多くの男性が感じていることだろう。
年収、仕事、肩書、社会的立場、社会的責任…。
男性は、自分が一人前だと感じないと、結婚なんて“過ち”は犯さない。
しかし、女性は違う。
本能的にタイムリミットを感じているからか、結婚を求めがちだ。なのに、男性からのプロポーズを求める。
矛盾している、と和真は思う。
― 結婚したいなら、自分からプロポーズすればいいのに。
和真は常々そう思っているが、女性には女性の理想があるので、口に出すことはない。
とにかく女性は、男性からのプロポーズを待っている。その気にさせたい。
ゆえに「男性が結婚を決めた理由」を知りたがる。
それを現在進行形のパートナーとの関係に当てはめようとするのだろう。
もし、和真が「手料理のおいしさに感動したとき、結婚を決めた」なんて言おうものなら、料理教室に通い始める女性も少なくないだろう。
実際、和真が「街で偶然、両親と会ってしまい『恋人です』と紹介したことから結婚までの流れが決まった」とポロリと漏らしてしまったせいで、ある女性は、わざわざ仙台から両親を上京させて、偶然を装って彼氏と会わせようとした。
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