2021.11.20
SPECIAL TALK Vol.86金丸:世界大会のレベルだと、観客はそれこそ剣が見えません。審判の負担も相当でしょうが、どんなところに注目して判断するのでしょう?
太田:単純な速い遅いではなく、攻めている選手が何を見て動いたのか、どういう意図でこの瞬間を作ったのか、という部分です。相手の剣を払う意図があったのか、それとも剣を見ずに突っ込んだのか。あのときも最後にジャッジを下したのは、バリバリ現役で選手をやっていて、ジャッジがうまい人だったので助かりました。ただ、その後しばらくは、仲のいいドイツ人が口をきいてくれませんでしたけど(笑)。
金丸:でも人間の判定だと、やはり間違いもある。そこは技術の力でどんどん変えていく必要があると感じます。
太田:そうですね。たとえばテニスは、きわどいボールのイン・アウトを3D画像で解析できる「ホークアイ」が導入されています。フェンシングも改良できる部分は改良していかないといけません。
金丸:体操にも「採点支援システム」がありますよね。
太田:もちろん審判のジャッジも、どんどん技術は向上しています。実は、あの準決勝と酷似した状況を僕は、以前経験しています。ロンドンオリンピックの2年前の世界選手権で、審判のジャッジで負けた試合があったんです。
金丸:似たような状況でも世界選手権では負けて、オリンピックでは勝った、ということですか?
太田:そうです。2010年に僕が負けた試合は、「審判が最もやってはいけないミステイク」という扱いで、審判の教材にされるワンショットになりました。
金丸:なるほど。それじゃあ太田さんの勝ちというのも納得ですね。あのときは会場の盛り上がりもすごかった。ロンドンオリンピックの前年に東日本大震災がありましたから、会場に駆けつけた日本人の観客もかなり熱の入った声援を送っていましたよね。
太田:チームメンバー4人のうち、ふたりが宮城県出身でした。そのうちひとりは特に大きな被害を受けた気仙沼の出身で、親友を亡くしています。美談にするつもりはありませんが、応援に来てくださった家族やファンの盛り上がりが、僕たちの見えない力になってくれたと感じています。
金丸:今回の東京オリンピックは無観客で残念でしたが、選手たちの活躍は非常に素晴らしかった。胸に迫るものがありました。
もっと気軽に楽しめるように、フェンシング改革に邁進
金丸:フェンシングの試合を見ていて、分からないのが優先権ですね。「やった!」と思ったら、「優先権がないからダメ」みたいな。あれは何ですか?
太田:「先に攻撃した方が優先権を持つ」という話なんですけど、難しいですよね。北京オリンピックで銀メダルを獲った後、にわかに注目を浴びましたが、みんなルールを知らない。だからその後の4年間、世界で一番フェンシングのルールを説明していたのは、僕だと思います。
金丸:ただ説明されても、やっぱり分かりにくいんですよね(笑)。
太田:優先権について話をしたら、東京カレンダー1冊分くらいになると思いますよ(笑)。だから最終的に「理解してもらうのは無理!」という結論に。でも、フェンシングの種目のうち、優先権があるのはフルーレとサーブルで、エペは「先に突いた方が勝ち」と、シンプルです。だから「みんなにわかってもらうためには、エペでメダルを獲るしかない」と感じました。
金丸:それこそ東京オリンピックでは、エペで金メダルですからね。
太田:キャプテンの見延和靖選手をはじめ、いいメンツが4人そろったからこそです。フェンシングは団体戦だとひとりやふたり強い選手がいても、やっぱり勝てません。
金丸:チーム戦とはいえ、1対1の積み重ねなんですね。
太田:対戦相手との相性があるから、「この組み合わせは嫌だな」と思っても、選手交代は試合中に1回しか使えない。そんな競技なので、今回4人とも強い選手がそろった段階で、かなり期待しました。団体戦は世界ランキングでは見えない個人の強さと、チームワークの掛け合わせで結果が決まります。チームワークという点では多少不安もあったけど、最後は爆発力を発揮して見事に決めてくれました。
金丸:フェンシングは先に45点取った選手が勝ちますが、わずか数秒でものすごい点数を重ねて、逆転勝利というケースもあります。これはほかの競技にはない特徴ですよね。
太田:そうですね。球技だとほかのメンバーにパスもできるし、意外に時間が使える。でもフェンシングはパスもなければ、後ろにも下がれません。
金丸:太田さんは日本フェンシング協会の会長に就任された後、さまざまな改革を行われました。やはりフェンシングという競技をもっと理解して、もっと楽しんでほしい、という思いからでしょうか?
太田:まさに。僕がメダルを獲る前は、全日本選手権のような大きな大会でも客席はガラガラで、周りは「メダルを獲れば変わる」と言っていました。でも実際には、メダルを獲っても大きな変化が起こるわけでもなく、やっぱり空席が目立っていて。
金丸:太田さんはご存知でしょうが、ヨーロッパのハンドボールは単なるスポーツじゃなくて、エンターテインメント化しています。試合中も試合前後も、ファンを楽しませる工夫が随所にある。
太田:もちろん知っています。だから、フェンシングの試合をより楽しめるように、デジタル技術を使ったさまざまな取り組みをしました。ポイントを取ったら床を光らせたり、大型ディスプレーで剣の動きがわかるようにしたり、リアルタイムで解説を入れたりというような演出のほか、試合前のオープニングセレモニーでダンスチームにパフォーマンスを披露してもらったりしました。いろいろ工夫した結果、2018年の全日本選手権では3,000人の観客にお越しいただきました。あの会場がすべて埋まっている光景は、今でも忘れません。
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