2021.11.09
推す女 Vol.1出会い
豊洲のマンションに帰宅後、シャワーを済ませて自室に直行する。
夫は、リビングでボイスチャットを繋ぎながらオンラインゲームをしているようなので、声はかけない。
― 自分の部屋でやればいいのに。なんで私がゲームのために気を使わなきゃいけないのよ……。
そんな愚痴を心の中でこぼしつつ、ベッドに倒れこむ。
今日も一日忙しかったが、昼食を食べる時間があっただけまだマシだ。
― そういえば、ランチのときにライブ配信アプリがどうとかって……。
ふと、後輩との会話を思い出す。興味があるわけではないが、今後ライブ配信アプリが絡むような案件は増えていくだろう。
後学のためにと、私は検索して一番上に出てきた「17Room」というアプリをインストールしたものの…。
『あ~takaさんギフトありがとう!あ、よしたろうさん今日も来てくれたんだね。……ちょっと、ヤスチンさん、ウケるー!』
― 私は、一体何を見せられているのだろう…。
17Roomで色んな人のルームを覗き始めて30分。早くも心が折れそうになった。
いくつかルームを回ってみたが、そのほとんどが画面に向かってコメントに答えているだけ。もちろん、そのトークだってまったく面白くない。
それにもかかわらず、人気の配信者のルームでは、ギフトと呼ばれる“投げ銭”が飛び交っている。
― これが若者の文化なのか……。わからない私は、もうオバサンだな。
思わず、はは、と渇いた笑いがこぼれる。
なんとなく雰囲気はつかんだし、次にもうひとつルームを見たらアンインストールしようと考え、適当なルームをタップした。
「……ん?」
入室し、思わず目が止まった。
そのルームでは、アコースティックギターを持った男の子が弾き語りをしていた。
アプリの音質はイマイチだが、その歌声はプロ級に美しい。
演奏の腕前もなかなかだ。
そして、何より――。
― この子、めちゃくちゃカッコイイ……。
サラサラの黒髪に、真っ白で小さな顔。切れ長の目と、通った鼻筋、薄い唇。
黒のダボっとしたパーカーから覗く指は細くしなやかで、ギターの弦を軽やかにはじいている。
私の目と耳は、彼に釘付けになった。
◆
『……はい。いまお聴きいただいたのは、高校の頃に作ったオリジナル曲で……あ、“ナツ”さん!今日も来てくれてありがとうございます』
17Roomをインストールした日から、1週間が経った。
あれから私は、毎日のように彼、佐々木流太くんの配信を見に来ている。
『バイト終わりだから、いつもこんな遅い時間になっちゃうけど……皆さんが応援してくれるから、毎日の配信も頑張れます。でも、そろそろ隣の人から苦情が来ちゃうかも』
彼は頭をかきながらヘラヘラと笑って見せる。なんてまぶしい笑顔なのだろう。
流太くんは、まだ20歳の大学生だ。勉強、バイト、音楽活動と、忙しい毎日を送っているらしい。
― ハタチの子の配信を毎日見に来てるなんて……私、大丈夫かな。
今日で最後、今日で最後……と思いつつ、気がつけば早1週間。
3日目あたりでちょっとしたギフトを投げてみたら、まだファンの少ない彼からはすぐに認知をされた。
そこからはもう、入室するたびに『ナツさん』と声をかけてくれるので、思わずギフトを投げてしまう。
今まで、スマホアプリに課金をしたことなんて一度もなかったのに。
― でも、でも、流太くんが可愛いんだもん……!
名前を呼ばれるだけで、顔を覆いたくなるくらい嬉しい。
たった3,000円程度のギフトで、目を丸くして喜ぶ彼が愛おしい。
リクエストした曲を歌ってくれたら、もう、感動で涙が出そうになる。
彼と出会ってから1週間、私の世界は急にキラキラと輝きだした。
相変わらず仕事は目が回るほど忙しいし、夫は気が利かない。何なら昨日は担当のトイレ掃除まで忘れていたけれど、まったくイラつかなかった。
『えーっと、なになに、“流太くん、絶対大学でモテるでしょ?後輩からチヤホヤされてそう”って、なんですかこのコメント!僕、全然モテないですよぉ』
― ……あ。
あるリスナーからのコメントを読み上げ、笑う彼。そのとき、私はふと気がついた。流太くんは、私が上智大学に通っていた頃、憧れていた先輩に雰囲気がよく似ているのだ。
軽音部でベースを弾いていた先輩だ。
普段はクールで、でも笑顔はくしゃっとしていて可愛くて。大好きだったけど、彼には学内のミスコンでグランプリを取り、のちにキー局のアナウンサーになった彼女がいた。
とても、私の手の届く相手ではなかった。
― でも流太くんは、課金をすれば私のほうを向いてくれる。もっと課金をすれば、もっと私を見てくれるかも……。
私は流太くんに先輩の影を重ね、さらにのめりこんでいった。
そして、私と夫との関係は、まさかの展開を迎えることになるのだった。
▶他にも:「東大卒で年収1,500万以上がいい!」婚活市場で、高望みする平凡女が直面する厳しい現実
▶Next:11月16日 火曜更新予定
憧れの先輩によく似た流太に課金を続ける奈津子。一体、彼女はどこまで落ちてしまうのか…?
【推す女】の記事一覧
2022.01.25
Vol.13
「彼女いたの?」匂わせ投稿で発覚した男の本性。ショックを受けた33歳女は取り乱し…
2022.01.24
Vol.12
リアルで結ばれなくとも、彼に人生を捧げたい…「推す女」全話総集編
2022.01.18
Vol.11
「平日の昼間だったらバレないから…」結婚3年目33歳の女が、夫に内緒で毎日…
2022.01.11
Vol.10
“恋愛対象外”だった男からの告白に、15回目のデートでようやくOKした女の真意とは
2022.01.04
Vol.9
「噂の会員制バー、行ってみない?」3年恋人ナシの地味女が、港区女子の誘いに乗った理由は…
2021.12.28
Vol.8
3回目のデート後、まさかのLINEブロック。猛攻アプローチをうけていた女が、突然切られたワケ
2021.12.21
Vol.7
恋愛経験ほぼゼロの27歳女が、マッチングアプリをしてみたら。出会ったのは…
2021.12.14
Vol.6
彼女がいるのに他の女と遊びまくる33歳男。彼の出会いの場は、まさかの“地下ライブ“で…
2021.12.07
Vol.5
金曜22時の家デート中。いい雰囲気から一転、男が突然不機嫌になった“女のある行動”とは
2021.11.30
Vol.4
「この男ないわ…」デート中28歳女が即断。別れ際、彼に言い放った強烈なセリフとは
おすすめ記事
2019.01.08
“社内最恐”と言われる冷酷な上司から、入社1年目の30歳女が、一夜にして認められた理由
2020.07.26
東京バディ
「あの夜、そんなことが…」皆で食事していた最中、男と女が水面下でしていたコト
2021.09.07
夫力★向上委員会
「ゴミ捨てさえ満足にできない夫は、粗大ゴミと一緒」妻が結婚を後悔する瞬間とは
2016.07.03
村上春樹好きな男
村上春樹好きな男:渋谷のBARで「ノルウェイの森」という名のカクテルを飲むということ。
2015.12.30
レストランで恋のシーソーゲーム(WOMAN)
2015年ヒット小説総集編:レストランで恋のシーソーゲーム(WOMAN)全話
2018.04.13
私、愛されてる?
私、愛されてる?:結婚3年目で激減した男の愛情。お金をかけてもらうのが、愛され妻の証なの?
2017.07.05
マッチングアプリは、必然に。
“選ぶ側”の美女こそ気づかない、小さな「残念」ポイント
2017.12.15
悪妻
悪妻:「妻の気持ちがわからない」。愛し方を間違えた夫が、初めて結婚を後悔した夜
2022.09.03
なんとなく、DINKS
なんとなく、DINKS:「子どもはまだ?」の質問にうんざり!結婚3年目、32歳妻の憂鬱
2016.11.12
25時の表参道
25時の表参道:叶わない恋ならば、いっそ忘れたい。可憐で危険な、人妻からの誘惑
東京カレンダーショッピング
『秋田かまくらミート』:秋田を代表するブランド牛「秋田由利牛」!サシの美しい上質なしゃぶしゃぶ用サーロイン
『肉のABCフーズ』:黒トリュフ塩付!牛タン&A5ランク黒毛和牛を使った極上ハンバーグ
『パンツェロッティ』:具材ごろごろボリューミー!フレッシュな野菜と肉感満載のフライドピッツァ
『HAL YAMASHITA 東京』:シルクのようななめらかさ!冷え冷えトロリの新食感"ウォーターチョコレート"
『レザンファンギャテ』:しっとりと濃厚で、コクのあるニューヨークスタイルのチーズケーキ
『ル・ボヌール 芦屋』:しっとりサクサク!フリーズドライ苺にホワイトチョコをたっぷりと浸透させた新感覚スイーツ
ロングヒット記事
2024.04.23
今日、私たちはあの街で
3回目のデートで、終電を逃した28歳女。翌朝、男が激しく後悔したワケ
2024.04.23
Editor's Choice~fashion~
最大10連休のGWのお出かけに!カラフルなミニボストンバッグが、万能な理由とは?
2024.04.25
Editor's Choice~beauty & wellness~
すれ違ったときに香るぐらいが好印象!大人のニオイ対策には、上質なランドリーアイテムを取り入れて
2024.04.26
大人の週末ToDoリスト
GWは東京でヨーロッパ旅行気分! 『イタリア展 2024』や『フランス展 2024』などイベント3選
2024.04.28
Editor's Choice~gourmet~
最高に気持ちいい空間で、ラグジュアリーな外飲み体験!今から楽しめるビアガーデン6選
この記事へのコメント