推す女 Vol.1

推す女:世帯年収2,500万・豊洲在住のDINKS妻。ある日、結ばれることのない年下男に恋をして…

出会い


豊洲のマンションに帰宅後、シャワーを済ませて自室に直行する。

夫は、リビングでボイスチャットを繋ぎながらオンラインゲームをしているようなので、声はかけない。

― 自分の部屋でやればいいのに。なんで私がゲームのために気を使わなきゃいけないのよ……。

そんな愚痴を心の中でこぼしつつ、ベッドに倒れこむ。

今日も一日忙しかったが、昼食を食べる時間があっただけまだマシだ。

― そういえば、ランチのときにライブ配信アプリがどうとかって……。

ふと、後輩との会話を思い出す。興味があるわけではないが、今後ライブ配信アプリが絡むような案件は増えていくだろう。

後学のためにと、私は検索して一番上に出てきた「17Room」というアプリをインストールしたものの…。

『あ~takaさんギフトありがとう!あ、よしたろうさん今日も来てくれたんだね。……ちょっと、ヤスチンさん、ウケるー!』

― 私は、一体何を見せられているのだろう…。

17Roomで色んな人のルームを覗き始めて30分。早くも心が折れそうになった。

いくつかルームを回ってみたが、そのほとんどが画面に向かってコメントに答えているだけ。もちろん、そのトークだってまったく面白くない。

それにもかかわらず、人気の配信者のルームでは、ギフトと呼ばれる“投げ銭”が飛び交っている。

― これが若者の文化なのか……。わからない私は、もうオバサンだな。

思わず、はは、と渇いた笑いがこぼれる。

なんとなく雰囲気はつかんだし、次にもうひとつルームを見たらアンインストールしようと考え、適当なルームをタップした。

「……ん?」

入室し、思わず目が止まった。

そのルームでは、アコースティックギターを持った男の子が弾き語りをしていた。

アプリの音質はイマイチだが、その歌声はプロ級に美しい。

演奏の腕前もなかなかだ。

そして、何より――。

― この子、めちゃくちゃカッコイイ……。

サラサラの黒髪に、真っ白で小さな顔。切れ長の目と、通った鼻筋、薄い唇。

黒のダボっとしたパーカーから覗く指は細くしなやかで、ギターの弦を軽やかにはじいている。

私の目と耳は、彼に釘付けになった。




『……はい。いまお聴きいただいたのは、高校の頃に作ったオリジナル曲で……あ、“ナツ”さん!今日も来てくれてありがとうございます』

17Roomをインストールした日から、1週間が経った。

あれから私は、毎日のように彼、佐々木流太くんの配信を見に来ている。

『バイト終わりだから、いつもこんな遅い時間になっちゃうけど……皆さんが応援してくれるから、毎日の配信も頑張れます。でも、そろそろ隣の人から苦情が来ちゃうかも』

彼は頭をかきながらヘラヘラと笑って見せる。なんてまぶしい笑顔なのだろう。

流太くんは、まだ20歳の大学生だ。勉強、バイト、音楽活動と、忙しい毎日を送っているらしい。

― ハタチの子の配信を毎日見に来てるなんて……私、大丈夫かな。

今日で最後、今日で最後……と思いつつ、気がつけば早1週間。

3日目あたりでちょっとしたギフトを投げてみたら、まだファンの少ない彼からはすぐに認知をされた。

そこからはもう、入室するたびに『ナツさん』と声をかけてくれるので、思わずギフトを投げてしまう。

今まで、スマホアプリに課金をしたことなんて一度もなかったのに。

― でも、でも、流太くんが可愛いんだもん……!

名前を呼ばれるだけで、顔を覆いたくなるくらい嬉しい。

たった3,000円程度のギフトで、目を丸くして喜ぶ彼が愛おしい。

リクエストした曲を歌ってくれたら、もう、感動で涙が出そうになる。

彼と出会ってから1週間、私の世界は急にキラキラと輝きだした。

相変わらず仕事は目が回るほど忙しいし、夫は気が利かない。何なら昨日は担当のトイレ掃除まで忘れていたけれど、まったくイラつかなかった。

『えーっと、なになに、“流太くん、絶対大学でモテるでしょ?後輩からチヤホヤされてそう”って、なんですかこのコメント!僕、全然モテないですよぉ』

― ……あ。

あるリスナーからのコメントを読み上げ、笑う彼。そのとき、私はふと気がついた。流太くんは、私が上智大学に通っていた頃、憧れていた先輩に雰囲気がよく似ているのだ。

軽音部でベースを弾いていた先輩だ。

普段はクールで、でも笑顔はくしゃっとしていて可愛くて。大好きだったけど、彼には学内のミスコンでグランプリを取り、のちにキー局のアナウンサーになった彼女がいた。

とても、私の手の届く相手ではなかった。

― でも流太くんは、課金をすれば私のほうを向いてくれる。もっと課金をすれば、もっと私を見てくれるかも……。

私は流太くんに先輩の影を重ね、さらにのめりこんでいった。

そして、私と夫との関係は、まさかの展開を迎えることになるのだった。

▶他にも:「東大卒で年収1,500万以上がいい!」婚活市場で、高望みする平凡女が直面する厳しい現実

▶Next:11月16日 火曜更新予定
憧れの先輩によく似た流太に課金を続ける奈津子。一体、彼女はどこまで落ちてしまうのか…?

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この記事へのコメント

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No Name
ちらし寿司のお持ち帰り、以前からテイクアウトしてみたいねと話していたお店のなら尚更、2人分買うよ!自分の分だけ?
一緒に住んでるのに、ひどい。
2021/11/09 05:2199+返信8件
No Name
すごくリアルだなと思いました。こうやってハマっていく人多いんだろうな。芸能人より距離感がなんか近く感じて。
2021/11/09 06:1063返信1件
No Name
あれ、前にも読んだこと有る話。
最近、地下アイドルとか推しメンとか YouTuberとか、頻繁に登場するね。
2021/11/09 05:1746返信2件
No Name
ホントに男の人って気が利かない生き物だと思う。悪気なく。
2021/11/09 07:3638返信9件
No Name
リモートワークで家に二人でいるんだよね?
一声掛ければ良くない?
仕事終わらないようなら、ちらし寿司買ってこようと思うんだけど食べる?って…。
これじゃ本当同居人だよね。

一人年収1250万は稼いでるんだよね?
だったら老後一人でも困らないように、きちんと人生計画立てればできそうだけど。

でもこういう生活してる人は、23区から離れられないだろうな~。
生活水準は落としたくなさそうだし。
2021/11/09 08:1025
もっと見る ( 34 件 )

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