――2020年3月――
この年の初頭から、世界中で猛威を振るい始めた新型コロナウィルス。その影響は、だんだんと文也の周囲にも及んできていたのだ。
「え…?出社制限」
「ああ。今、早急に体制を整えている。うちの部でも対応ができ次第、業務を順次リモートワーク中心に切り替える予定だ」
朝礼で課長からそのような話を受けると、文也の頭の中に最初に浮かんだのは業務のことよりも、希実のことだった。
― しばらく会えなくなるってこと?
営業の自分は出社機会は多いようだが、社内メールによると希実が所属する経理部はほぼリモートワークになるらしい。
「私、千葉の実家に帰るよ。1人じゃ暇だしね…」
退勤後、いつもの店でリモートワークの話題を振ると、ワインを手に希実はつぶやいた。
「そっか。じゃあ、制限解除までしばらく会えないのか」
「会えないって…。なにアンタ、私と会えなくて寂しいの?」
「いや、別に」
文也が寂しいのは事実だった。しかし、つい強がった態度をとってしまう。
― ま、少し我慢して落ち着いたら、また同じような毎日に戻れるだろうし。
完全に楽観視する文也。だが、そんな浅はかな考えとは裏腹に、世の中の状況はさらに深刻になっていく。
――2020年11月――
気がつけば、年の瀬がもう迫ってきていた。
状況が落ち着きを見せてからも、慎重な社の方針で出社制限が解除されることはなかった。ふと気がつけば、文也は希実に半年以上会っていない。
友人やほかの同僚とはリモート飲みなぞしたものの、文也は希実を改めて誘うのはどこか気が引けた。誘ってくれたら喜んで受けるのだが、彼女からは連絡さえない。
文也は我ながら軟弱な人間だと思いつつも、かしこまって誘ったら引かれてしまうのではないかという恐れがある。もしそういう反応だったら、ただでさえ孤独で楽しみの無い日々なのに、さらに気がめいってしまいそうになると思った。
ただ一番の救いは、文也と同じく希実も人に会わない生活だということ。彼女は社内で隠れファンが多く、友人ながら変なアプローチがないかヒヤヒヤしていたのだ。
― まぁ、希実はどうせ実家だ。会社や外にいるよりは気がラクだよな。
とは言いつつ様子を探るため、年賀状を出す口実でLINEを送ってみた。『落ち着いたらリモート飲みでも』という言葉を添えて。
『落ち着かなくてもできるでしょ』と、ツッコミが返ってくることを想定し、そのままリモート飲みに流れることができたら儲けもんだと思っていた。
だが、返事はそっけなく、年賀状の送り先である実家の住所だけ。
― なんだよ、つれないな…。
その理由がわかったのは、数日後のことだった。
出社日、ランチ営業を始めたというダイニングバーに文也が訪れたところ、マスターからこう伝えられたのだ。
「希実さん、寿退社だってね。自分、文也くんと付き合ってると思っていたよ」
この記事へのコメント
何これ、一話完結だし。
希実の魅力って?